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俺はゆっくりと後ずさり、振り返った。そして、頭の中が真白になった。
目の前に三頭目がいた。鼻と鼻が触れ合いそうなほど近くにいた。口先が鳥のくちばしのように固くなっている。肩が毛に被われているので、正面から見ると胴体はふっくらとしていた。
アロサウルスが口を開く。
悲鳴をあげる暇もなかった。俺はアロサウルスの股を駆け抜けた。意外と腹が低くて、地面に手をついてくぐり抜けた。その時に見た大きな足は、今でもはっきりと憶えている――足の甲は瓦のような鱗で被われていた。爪は日頃から地面と擦れて、先っぽがすり減っていた。
俺はマキナさんのもとに駆けつけた。ツキが車内で立体画像を眺めている。本のような形をしていた。小説を読んでいたみたいだ。
「は、早く帰ろう。今すぐに」
俺は後ろを指さした。アロサウルスが三頭、軽かな足取でこちらに走ってくる。ツキは目を見開いた。
「アロサウルス・フラギリス……」
俺をマキナさんに引き込み、ドアを閉める。一人用の座席に二人、しかも急いで乗り込んだので、車内は大混雑だ。
「マキナ、起きて」
「マキナさん、起きろ!」
二人でマキナさんを起す。計器盤にぽつり、ぽつりと光が灯った。
「うーん、あと五分……」
マキナさんがむにゃむにゃと言った。三六〇度、どの窓を見てもアロサウルスがいる。ツキが冷静に言った。
「早く、羽揺の部屋へ」
一頭が車内を覗き込んでくる。ドアのガラス越しに目が合った。瞬膜の下から、野球ボール大の黄色い眼玉を覗かせる。俺の頰を一筋の汗が伝う。
「行先、第四紀完新世、日本」
マキナさんの言葉の直後、窓の外に白い霧が立ち上った。光に驚いたアロサウルスたちが、一目散に霧の向こうへ逃げていく。
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