第4話 日本は海の底

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「ただいま」  傘立に紺色の傘とすみれ色の傘が差し込まれた。俺は文化祭の片付けがおわって、姉ちゃんとともに昼前に帰ってきたんだ。 「おかえりなさい」  焜炉(こんろ)に火を点け、母さんがこちらに目をくれる。 「お母さん、ただいま」  姉ちゃんが鞄を置き、返事をした。 「羽揺(はゆる)、おかえり」 「羽揺さん、おかえりなさい」 「ツキ、マキナさん、ただいま」  ツキはソファーに腰掛けテレビを観ていた。母さんに貰ったのかな。珈琲味のチューブ型アイスを吸っていた。マキナさんもその隣に停り、物珍しそうに天気予報を観ている。 「関東平野は晴れる見込です」  スーツを来た気象予報士が棒で地図を指し示す。俺たちの住む七姫市(ななひめし)は、降水確率〇パーセントだそうだ。  姉ちゃんが二階へ上がる。俺も階段を駆け上がり、自室に入った。  制服を着たままに椅子に腰掛ける。ふと、机の上に目がとまった。ぼろぼろの恐竜図鑑と開きっぱなしのノート。そしてシャープペンシルが転がっている。その脇に、文化祭で配った部誌が置かれていた。  何気なく部誌をめくる。自分の小説を読み返し、愕然とした。 「なんだよ、これ……」  気取った言葉遣い、独特すぎる比喩。完全に自分の文章に酔っている。とても人様に見せられる代物ではないと思った。  耳が熱くなった。ツキの笑顔が脳裡をよぎった。ツキはおととい、これを読んで「おもしろいね」と言ってくれた。けれど、あの感想はお世辞だったんじゃないか?  俺はいたたまれなくなった。勢いに任せてその頁をむしり取った。ぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱に叩き込む。  肩で息をしながら、ゴミ箱を見下ろす。その時、インターホンが鳴った。 「穂乃香(ほのか)、出てくれる?」  階段の奥から母さんが声がした。 「羽揺、出てくれない? 私、まだ着替えてるから」  隣の部屋から姉ちゃんが顔を出した。  姉ちゃんと目が合った。彼女の表情がこわばる。たぶん、俺がとても怖い顔をしていたんだと思う。 「……出てくるよ」  顔を見られないよう下を向きながら、玄関へ向かった。
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