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「非道いじゃないですか。他人のものを勝手に持ち出すなんて」
俺は抗議した。ユウさんは俺の傘を携え、飄々と住宅街を歩いている。
「君らが濡れないように、俺が持っていくんだよ」
ちらりと振り返ってユウさんが言った。俺は彼の言葉の意味が分からなかった。水溜りに青空が映っている。
ツキが俺にこっそりと尋ねてきた。
「誰?」
俺は首を横に振った。
「こんな変な人、知らないよ。勝手に訪ねてきたんだ」
「羽揺の知合じゃないの?」
「まさか」と言おうとして、俺は口を噤んだ。
俺は、ユウさんの声に既知感を覚えていた。以前にどこかで聴いたことがあるような気がしたんだ。一人々々、知合の顔が脳裡に浮かぶ。けれど、なかなか思い当る人がいなかった。友人の声でもないし、親戚の声でもない。学校の先生の声でもなかった。
スーパーマーケットに入った。白髪のツキが一人いるだけでも相当目立つのに、今日はユウさんもいる。仮面をつけた男が買物籠をぶらさげている姿は、周りの視線を総なめにした。
ユウさんは即席麺の売場へ向った。通路にはいろんな種類のカップ麺が所狭しと並んでいる。
「どうして顔を隠しているんですか」
俺は尋ねた。
「どうしても隠さなきゃいけないんだ」
仮面越しに棚とにらめっこをしながら、彼は答えた。
ユウさんはレジへ向った。籠からはカップラーメンが溢れんばかりだ。
その途中、ふと彼が立ち止った。
パン売場の隅にカートがいくつか置いてあった。その中に和菓子が並べられている。よく見ると、一九八円のふぞろいどら焼七ヶ入が、一五八円に値下げしている。
彼はそれを一袋、籠に入れた。
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