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人間に戻り、大きな岩礁の上で一休みする。
早速ノートを開き、見たものや思ったことを書き綴った。ツキは俺の隣で水筒の中身を飲んでいる。
俺はシャーペンを止め、ツキの横顔を見た。海風が白い髪を揺らしている。頰はほんのりと赤くなっている。肌はきめ細かくて、皺ひとつなかった。ツキやマキナさんの話によれば、千歳は超えているはずなのに。
「どうしてツキは歳をとらないんだ」
何気なく訊く。ツキは水筒を仕舞いながら答えた。
「千変鏡のおかげだよ」
俺は、その意味がよくわからなかった。首をかしげる俺に、ツキが説明してくれる。
「千変鏡は、動物に変身するための機械だよね」
俺は頷いた。
「動物のいろんな特徴を読み取って、それをもとに使い手の躰を作りかえる――でも実は、遺伝情報や抗体の情報といっしょに、その動物の年齢も読み取ってるんだよ」
膝を抱え、ツキは海を眺めた。
「きっと、僕がはじめて人間に変身したとき、羽揺と同じくらいの歳の人間が近くにいたはずなんだ。僕はその人のデータを使い回してるから、何度人間に変身しても同じ年齢になるんだよ――」
言葉はそこで途切れてしまった。顔を両膝の間にうずめて、縮こまっている。
「どうしたんだよ」
顔を覗き込んで、俺は焦った。ツキは体を震わせて、怯えていたんだ。
「ご、ごめん! 変なこと訊いちゃったか」
「……違うよ」
とても落ち着いた声だった。
「よくあることだよ。しばらくしたら治るから、心配しないで」
本人の言う通り、五分くらいすると震えは止った。俺は控え目にその顔を見た。ツキがうつろな目で呟く。
「こわい」
白い長いまつげを伏せる。
「自分が何の動物なのか、全然わからない。名前もあやふや。途中で、雄と雌の区別がない動物に変身したから、性別までどっちつかずになっちゃった」
ツキは続けた。
「時々、自分が消えちゃったように感じるんだ……隠れコートも着てないのに。体の感覚がなくなって、空気に溶けていくみたいなんだよ。それが、すごく怖いんだ」
それがどんな感覚なのか、俺にはよくわからなかった。
「……そうか。それは怖いよな」
相槌を打つ。ツキは小さく頷いた。
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