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海面に顔を出す。冷たい空気が肺の中に染み渡った。すぐそばで、ツキが悲痛な声を上げた。
「マキナ……!」
ツキがまた海に潜る。俺はそれを引き止めた。
「だって、マキナが、マキナが」
ツキの目から泪が溢れ出す。
俺はとても驚いた。どんなときも落ち着いていたツキが、こんなに取り乱すだなんて。
同時に、俺はツキに感情移入していた。ツキとマキナさんは千年間ずっと一緒だった。他には見知った友人も、頼れる家族もいない。やっぱりツキにとっても、マキナさんはかけがえのないひとなんだ。
そんなひとが目の前で傷つけられたら、俺だって心を乱して泣き叫ぶだろう。大切なひとが目の前で苦しんでいたら、どんな気持になるのか。俺には痛いほどよくわかる。
「マキナさんは無事だよ。大丈夫だから」
根拠もないのに俺は言った。罪悪感で胸が締め付けられそうだった。
「マキナさんの生れた時代に行こう。そこで、マキナさんを修理してもらおう」
ツキは泪をのんで頷いた。
俺たちは海に潜った。海水が眼に染みて痛かった。でも、マキナさんの前照燈はくっきりと見えた。さっきより深いところまで沈んでいる。
眼玉の主は見当らなかった。実は、あの動物は肌の色をある程度変えられるんだ。だから、海中の風景に溶け込んで、マキナさんのカメラまで騙してしまったんだ。
息が苦しくなってきたところで、マキナさんのもとに辿り着いた。ツキが素早くドアを開ける。見えない触手が彼女の車体を揺さぶっていた。俺は平泳ぎで車内に飛び込んだ。
ツキがドアを閉める。
マキナさんは未だ上下逆さまだった。トランクの床にまだ空気が残っている。俺たちはそこに顔を寄せ合った。
「……なんとかたどり着けたな」
はあはあ言いながら窓を見やる。俺はぎょっとした。触手が間近にあった。つるつるした肌の中で、墨汁を散らしたような色素の粒がさかんに瞬きしていた。
「まずはマキナの安否確認だよ」
ツキが顔を真赤にしながら言った。表情は真剣そのものだ。車内燈に照されて、目が充血しているのも見えた。
「見ればわかると思うけど……計器盤が真暗になってる。水に浸かった衝撃で消えただけだと思うけど。前照燈は点いてるから、たぶん大丈夫。……ああ、でも、計器盤と前照燈は別だから」
ツキは肩を震わせた。
「いいよ。無理に解説しなくていいから」
背中をさすってやった。
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