第4話 日本は海の底

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「俺は何をしたらいい?」  目を見てゆっくりと訊ねる。ツキは「うん」と言って、続けた。 「計器盤の右端に緑色の(ボタン)がある。それを押してほしい。僕には押す勇気がない」 「わかった」  俺が水に潜るとき、ツキが付け加えた。 「パネルが光ったら、マキナは無事だよ。でも、もしも光らなかったら――」 「言わなくていいよ!」  俺は慌てて止めた。  計器盤まで泳ぐ。と言ってもマキナさんは小さいから、手を伸ばせば指が届くんだけど。  ツキも様子を見に顔を覗かせた。  繰り返すけど、マキナさんは転覆している。計器盤の右端は、向かって左側に移動している。  緑色の四角い釦があった。ツキが固唾を飲んで見守る。俺はそっと釦を押した。  計器盤に光が走った。色とりどりの印が次々と点燈する。水中に立体映像も浮び上がった。上下は逆さまだったけど、そこには日本語でこう書いてあった。 「あと五分寝かせてください」  彼女は無事だったんだ。俺たちは手を取り合って喜んだ。  その時だった。マキナさんが一回転して、もとの姿勢に戻った。触手が巻き付き、車体が軋む。空気がみんな外へ逃げてしまった。  ツキと俺は顔を見合せた。息が続くうちに別の時代へ行かなければ。  ツキがあの独特のリズムでダッシュボードを叩いた。それに合せて、マキナさんが行先を入力してゆく。  足元につるつるしたものが触れていた。俺は下を見て、目を丸くした。ドアの隙間が大きくなっている。そこから、触手の尖端が入り込んでいたんだ。  長い腕が一気に車内へ滑り込む。同時に、マキナさんのドアが外れてしまった。重いドアが海底に向かって落ちてゆく。俺は慌ててドアを拾い、もとの位置へ戻そうとした。  でも、腕の方が素早かった。平たい尖端がツキのふくらはぎに貼りつく。ツキが顔をしかめた。その口から気泡が溢れ出す。  カメラがツキのほうを向いて、止った。  俺は急いでドアを車内に引き込んだ。ドアに触手が挟まる。触手は一瞬で肌の色を変えて、車外に退散した。 (ツキ、死ぬな!!)  ツキを揺さぶる。けれど、目蓋は閉じている。まるで眠っているみたいだ。  そうこうしているうちに、あの動物が戻ってきた。今度はマキナさんを手に取って、車内を覗く。うつろな眼が静かに俺たちを見下ろした。  苦しかった。頭がものすごく痛い。俺も、もう限界だった。  息を吐き出す。  遠のいてゆく意識のなかで、動物の口を見た。軟かそうな皮膚から(くちばし)を剝き出して、俺を喰らおうとした。
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