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ツキはマキナさんの座席に坐っていた。暖色の天井燈が白い髪を照している。
「僕もマキナも、昔の記憶はすっかり抜け落ちてる。だから、この話は僕たちの推測を組み合せたものだよ。それをわかった上で聞いてもらえるかな」と、ツキは前置した。
俺は「わかった」と言った。俺は猫の姿でダッシュボードの上に坐り、ツキと向き合っていた。
マキナさんは一人乗だった。俺の足元で速度計が光っている。いろいろな形の警告燈も点滅していた。そして、不思議なことにハンドルがなかった。
「僕は、もともとは普通の動物だったの」
ツキは語り出した。
「動物の種類はわからない。いつの時代のどこの土地で生れたか、検討もつかない。きっと、森かどこかで家族と気ままに暮してたんだ」と、遠くを見るような目で言う。
「そこへ、人間が乗り込んできた」
ツキは続けた。
「未来の人間がタイムマシンを発明したんだ。――人間の道具は何でもそうだけど、タイムマシンも正しく扱ってるうちはいいんだよ。でも、やっぱり悪用するやからが出てくる」
ツキは眉尻を下げた。
「密猟者がタイムマシンを手に入れて、過去へ出向くようになったんだ。彼らはいろんな時代で動物を殺したり、捕まえて未来で売るようになった。……僕もそうやって捕まった」
気分の悪い話に俺は身じろぎした。ひどいことをするもんだ、と怒りもこみ上げてくる。
「僕は運がよかった」
ツキが微笑む。
「何かの拍子に、僕は逃げ出せたの。で、少しばかりの道具を手に、このマキナに転がり込んだ」
「私に乗って命拾いしましたね」
マキナさんが口をはさむ。ツキはカメラを見て、「そうだね」と頷いた。
「道具の使い方も、言葉も、みんなマキナから教わったの。二人でいろんな時代を旅して、そこそこ楽しくやってたよ。でも、あるとき転機が訪れたんだ――オドメーターって知ってる?」
俺は頷いた。
「見たことあるよ。父さんが説明してくれた」
たしか、自動車についているメーターのひとつだ。今までに走った全部の道のりが、足算されて出ているんだっけ。
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