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その日は、よく雨の降る日だった。
バイト終わりに僕は傘を差し、商店街の道を家に向かって歩いていた。
僕の住む町はあまり大きくはないけれど活気があり、こんな雨の日でも人通りは少なくない。
ここだけの話、商店街の端っこ、僕の家の方に向かって一番最後のお店はボロボロだけれど、ものすごくおいしいコロッケを売っている。
知る人ぞ知る名店なのだ。
もちろん今日も何個か買って帰ろうと思う。
「すいません、今日も男爵コロッケと牛肉コロッケ二つずつください」
いつものように僕は注文しながらお店に近づく。
けれどどうもお店側はいつもの様子ではなかった。
「わらしこれ食べたい」
黄色いレインコートを着た少女がコロッケの入っているガラスケースにおでこをこすり付けるくらいに近づけてコロッケをねだっている。
しかし店主はそれに気づいている様子はない。
少女が小さいから気が付いていないのだろうか。
僕は気にせずにもう一度注文する。
「すいません、男爵コロッケと牛肉コロッケ二つずつください」
僕の声には気が付いたようで店主がお店の奥から駆け寄ってくる。
「すいませんね、こう雨がひどいとあまり声が聞こえないもので。梅雨ってのは嫌ですね」
雨に対して愚痴を言いながら店主は僕が頼んだコロッケを紙の袋に詰める。
僕は目の端に隣にいる背の低い少女が落ち込んでいるのを捉えてしまった。
ちょっとかわいそうかな? いやでも知らない人にコロッケを買ってもらうところをこの子の親にでも見られたら僕変人扱いされるよな。
僕が悩んでいることも知らずに少女は悲しそうな顔をしている……相変わらず顔はガラスケースにつきそうだ。
もうわかった。僕の負けだ。
「すいません、やっぱり男爵コロッケと牛肉コロッケをもう一つずつ追加でお願いします」
店主は少し不思議そうな顔をしてから一瞬にやっとしてコロッケを追加で袋に入れた。
「480円になります。 ……お兄さん、彼女でもできたんですかい、追加なんて珍しい」
やめてくれ、僕のことを犯罪者にでもしたいのか。
「違いますよ。ちょっと今日は疲れたんで増やしただけです」
そう僕がいうと店主はなんだ、そんなことかといった顔で袋を渡してきた。
悪かったな、僕は生まれてこのかた彼女なんていたことないんだ。
「はいお嬢ちゃん、あげるよ」
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