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弟の吉央とはいつの頃からか小さな溝ができていて、彼の本音が見えなくなっていた。
「・・・ああ。あいつは口に出しては言わないよ。この間つぐみが里帰りしてきて、お土産がサーターアンダギーだったんだよ。でも、なっちゃんがおやつにドーナツをよく揚げてくれたよね、あっちの方がおいしかったなって話になった時、すごく食べたそうな目をしてた」
吉央は、将と二人きりでも口数は少ないという。
小さな頭の中で、ずっと一人で考えて、言葉に出てくるのはほんのわずか。
だから、将は吉央の些細な表情も見逃さなくなった。
「えええ?それで、わざわざメールしてきたの?」
「うん。俺らはホットケーキミックスでも揚げ物はハードル高いし、なっちゃんが作ったから美味しかったんだよ」
「そうかなあ」
本間の家ではドーナツを揚げたことはない。
祖母が安い菓子の匂いを嫌ったからだ。
敷地続きの大野の家の台所で、三つ下のつぐみとこっそり作り始めたのはいつのことだったか。
「そうだよ。なっちゃんが部活とか習い事の合間を縫って作ってくれるお菓子、大好きだった。もちろん良子さんのも好きだったけど、洗練されていて子供の俺たちには大人のお菓子過ぎて。目の前でさくっと作ってくれるのを見ているのが楽しかった」
ホットケーキミックスを混ぜて、スプーンですくって高温の油の中に落とす。
しばらくすると、ぷくりと丸く膨らんで浮かび上がり、甘いバニラの匂いを放ちながらキツネ色に焼きあがってく。
皿いっぱいに積みあがったドーナツボールに、グラニュー糖があれば振りかけて、なければそのままに。
タネにゴマを混ぜたり仕上げにきなこを振りかけてみたりと、どんどん種類が増えていった。
たいてい、将と吉央はまちきれずに揚げたてにこっそり手を伸ばしてはつぐみに叱られて、しまいには小さな姉弟喧嘩が勃発するけれど、食べるときにはすっかり仲直りするのがお約束で。
楽しい、楽しい時間で、それこそがご馳走だった。
「いまだから言うけどさ、俺の初恋ってなっちゃんなんだよな」
「・・・え?」
一瞬、何を言われたかわからなかった。
「なっちゃん、漫画みたいな顔してる」
目と口を最大限に開いたまま固まってしまう。
脳内の伝達機能がうまく作動しない。
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