こころのつき。

11/21
前へ
/21ページ
次へ
「ええ?」 「そんなに驚くことかな。うちの界隈、みんなの初恋ってほとんどなっちゃんだと思うけど。つぐみもさとみもそうだし」 「ええええ?」 「だってさ。バレエもお稽古事もぶっちぎりで上手くて、お姫様みたいに可愛くて、しかもおとぎ話みたいに意地悪なばあさんに虐げられながら暮らしているのに真面目で明るくて優しくて、めちゃくちゃ憧れの的だったよ」  リアル小公女とか、リアルシンデレラって言われていたの知らない?と、将は面白そうに言葉をつづけた。 「ち、ちょっと。ちょっと待って、たっちゃん」 「うん」  躾の良い犬のように、将は背筋を伸ばして待機する。 「ええと。全く知らなかったんだけど、その辺の話」 「うん。つぐみの初恋?」 「いや、全部。それよりなに、おとぎ話みたいにって」 「ああ。ばあさんがなっちゃんに厳しく当たっているのは、けっこう各方面にバレバレだったよ。しかも、吉央が無意識のうちにばあさんの言動バラしていたから」  ばあさん。  将は奈津美たちの祖母をずっと嫌っていた。 「バラす?」 「うん。なっちゃんも解っていたと思うけど、吉央が物心ついた時からずーっと子守唄代わりになっちゃんの悪口吹き込んでただろう。鵜呑みにした吉央が小学校入ってすぐにそれがんがん言っちゃったんだよ。九官鳥みたいに」  吉央が小学校へ入学した時、教師を含め周囲の注目の的だった。  『「あの」本間奈津美の弟』として。 「悪意とか、そういうつもりじゃなくて、それが常識だと信じてなっちゃんを貶める発言を連発したものだから、クラスの子たちがいっせいにドン引きしたよ。でもみんながなんでそんな態度取るのかわからなくて、あっという間に独りぼっちになったんだよ、吉央は」 「ひとりぼっち・・・」  その件については多少心当たりがある。  祖母は吉央が生まれた時、手放しの喜びようだった。しかしおむつを替えたり風呂に入れたりなどは煩わしいと手を貸さず、都合のよい時だけ可愛がり、教育にも口出しした。  その一つが幼児教育で、同年代の子供たちが好むアニメや特撮もののテレビを観ることを禁じ、さらには下品な言葉遣いが移るからと幼稚園に通う事すら難色を示し、何かと休ませて手元に置いた。  大人の世界で甘やかされっぱなしだった吉央は、同い年の子供たちとの関わりをうまく築くことができないまま小学校へ上がってしまった。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加