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お嬢様育ちで箒を振り上げるなんて力をもともと持たない祖母の折檻は、幸いたいした怪我にならず打撲と擦過傷で済んだが、その時に吐いた暴言の数々はとうてい許せるものではなかった。そしてなにより、母と慕っていた良子が全く庇ってくれなかったことに奈津美は深く傷ついた。
だけど、それ以上の衝撃を幼い吉央はその時に受け、恐怖のあまりへたり込んだまま失禁していた。
「でも、芝生の上でしりもちついて、漏らして震えてる吉央を見てるとね。かわいそうだなって思った。ばあさんにぼこぼこに殴られて、良子さんに助けてもらえなかったなっちゃんは髪も制服もずたずたでもっとひどい目に遭っていたのに」
ごめんね、と低い静かな声で囁かれ、奈津美は首を振る。
吉央はあの日初めて、奈津美が良子の子供でないことを知ったのだ。
「本間の狭い家の中で一番威張ってるヤツに可愛がられてるって頭に乗って、そいつにそそのかされるまま意地悪してきたけど、なにもかも間違っていたって、あの時やっとわかったんだろうけど、吉央にはどうにもできなかった。なっちゃん、あのあとすぐにしばらく東京へ行っちゃったし」
その日珍しく帰宅した父がおおよその話を聞いた後、東京に行かないかと奈津美を誘った。ちょうどアメリカで看護師として働いている産みの母親が、一時帰国して東京に滞在しているから会わせてやると言われ、混乱したままついていった。
「行ったものの、ろくでもない真実を知って、本間の家に帰るしかなかったけどね」
東京へ連れていかれたからには、実母と暮らせということなのかと思っていた。
でも、現実はもっと残酷で。
「なっちゃんが、すごくしょんぼりしてたけどちゃんと帰ってきたとき、吉央は本当にうれしかったんだよ。でも、どうすればいいかわかんなくて、すごく困ってた」
嘘をついたことを、謝りたかった。
もう二度と会えないかと思った姉の手を、握りたかった。
でも、暗い顔をして戻った姉に、声をかけることすらためらわれた。
おかえりなさい。
ごめんなさい。
だいすき。
言いたい言葉はたくさんあるのに。
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