こころのつき。

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 奈津美と吉央の家は昔から複雑で。  10歳の夏に泥酔した父親から性的虐待をされかけた吉央は、忌まわしい記憶から離れるために次第に勉強に打ち込みはじめた。その成果は着実に表れ、高校は学費免除で入学できた。 「あの家庭環境で、夜中にバイクを盗んで校舎の窓ガラス叩き割って回らなかっただけでも、奇跡だと常々思っていたけど、よくよく考えたらそういうタイプじゃないのよね」 「うん」  二人で一瞬高い天井を見つめ、すぐに顔を見合わせ笑った。 「想像つかないな、グレグレのよっちゃん」 「だね」  切れ長の一重瞼に薄い白い肌、そして細い頤の吉央はいつも伏し目がちで、溌剌として華やかな奈津美に比べたら一見地味だが、すっと咲いている水仙のようにどこか凛としている。  まっすぐに伸びた背中と細く伸びた手足。  薄い唇の端にぽつりと落ちたほくろがどこか寂し気で目を引き、癖のない黒い髪はいつも襟足をきちんと刈り込んでていて、制服と靴はいつもきちんと整えられていた。 近隣の女子の間ではひそかに『若様』と名付けられ、更には『観賞用』と言う声もしっかり将の耳に届いている。  今の吉央からは、悪さをするなんて想像がつかないだろう。  「そういや、パン屋のさとみちゃんとのパフォーマンスは今年の文化祭はしないの?」 「あれはやるらしい。内容は去年とほぼ同じとは思うけど」  幼馴染で同じ高校に通う折原さとみは幼い頃に本間の祖母の書道教室に通っていて、その流れで中学・高校と書道部に所属している。  彼女は高校入学と同時に書道部へ吉央を引きずり込み、パフォーマンス書道で文化祭を盛り上げた。 「今年こそ見たいな。千字文もくもくと書いている吉央の周りで大筆振り回して走り回るさとみちゃん」  さとみと自分と吉央。  小学三年生の時に同じクラスになって以来、何かと一緒に行動することが多くなり、それは今も続いていて、さとみが見つけた筆耕の会社のアルバイトに吉央も加わり、仲良く働いている。 「うん。折原は豪快で変化に富んだ字を書くのが好きだから、バイトの時に規則正しい字を書くのが耐えられなくて時々荒れてるって吉央が言ってた」 「さとみちゃんらしいね」  将が母の主催している空手道場に行っている間に吉央を独りにすることがなくて、さとみには感謝している。  だが、二人の少し距離が近すぎる、と、思ってしまう自分もいる。
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