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「良子さん、俺たちの中で一番清らかだからな・・・」
良子は大学まで女子校の上に就職先も女性の多い銀行業務、趣味と習い事は茶道、華道。中流家庭ではあるがお嬢様育ちと言って良く、人の悪意に慣れていない。
そして、憤るより耐えることを選び続けた。
「うん。あ、いや、よっちゃんもおんなじくらい?」
「ああ、うん、吉央と良子さんは別格。で、俺たち俗人」
紅茶のカップをソーサーに戻して、おどけるように肩をすくめた。
「たっちゃんたら」
軽く噴き出した後、奈津美は一口大のケーキのかけらをフォークに載せて差し出す。
「はい。ひとくちどうぞ」
「ん」
将が顔を寄せてひな鳥のようにぱくりとついばんだ。
「うまいな、さすがなっちゃんが選んだ店」
ゆっくり咀嚼した後、にこりと笑う。
そして視線が一瞬、テーブルの上に置いている携帯に流れたのを奈津美は見て取った。
「いま、よっちゃんのこと、考えたでしょ。食べさせたいなーとか」
「うん」
笑顔の中に、少し大人びた表情が見え隠れする。
「まったく、たっちゃんときたら」
「うん、ごめん」
奈津美は、将の瞳に胸が痛んだ。
「たっちゃん・・・」
ごめんと、謝るべきなのは自分の方だ。
将は、もう子供ではなくて。
いや、ずっと前からこの子は大人びた目で私たちを見守ってくれていた。
「あのね。・・・あのね、たっちゃん」
いつからそうなってしまったのだろう。
「うん?」
子供には、子供の時間が必要なのに。
そうさせてあげられなかったのは、私たちのせい。
謝る言葉がみつからなくて、いたずらに時ばかり過ごしている。
「たっちゃんは、このままでいいの?」
「・・・どういう意味?」
今日こそ聞くべきだと、思う。
「ずっと、ずっとね。思っていたの。今になってごめん」
大きな窓の外は夏の光が降り注ぎ、テラス席の人々は広い空と爽やかな風を楽しんでいる。
こんな日だから、聞けると思った。
「たっちゃん、今のままで、本当にいいの?」
今日こそ、解放すべきだと。
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