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第三話 不意打ち
彦丸が袴着の儀式を済まして、三日が経った。
柴原道場当主、柴原正兵衛は父零弦と共にこの日、水野屋敷を訪問していた。
老中水野忠邦は幕府直轄の武道学校を設立する構想を持っており、江戸市中の道場主に意見を聴取していた。
その帰り路、正兵衛と零弦は小さな酒場へ入った。誘ったのは正兵衛だった。
辺りはまだ薄明るく、夕刻頃である。
まだ時間が早い為か、中には数人の客がいるだけ。店の奥にある狭い座敷に通された二人は向かい合うようにして座った。一杯目を互いに飲み干した後、今度の士学館との他流派為合は欠席したい、と小さな声で切り出してきたのは零弦だった。
士学館は、南八丁堀大富町にある桃井八郎が開いた大道場。今は三代目桃井春蔵直雄が担っていた。士学館とは共に中条流の流れを汲むことから付き合いは長く、他流派為合禁止の時代も実際に行き来をしている。七日後には、桃井一門を招き為合がなされることが決定していた。
正兵衛は唖然とした。
父、零弦が余所との為合に欠席するなど、今までに一度も無かったのだ。
「一体何ゆえ? 何処か御体でも」
そこまで言いかけて、正兵衛の口は止まった。
(やはり、父上は最近おかしい)
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