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黙ったまま、改めて零弦を観察する。
此処数日の零弦の様子に、異変をはっきりと感じていた。
先ず、門弟に直接稽古を付けることがめっきり少なくなった。来客にも会おうとせず、正兵衛任せにする。他人をすっかり寄せ付けないのだ。
そればかりでなく、噂によると、門弟が稽古後に水浴びしている様子を密かに伺っている事もあるとか……。今日、帰りに酒場に誘ったのも、零弦本人から尋ねようと思ったが為。
空いた零弦の杯に、酒を注ぎながら正兵衛は、
「士学館との為合を欠席されるのは、特段問題はありまませぬが……」
銚子を置くと、きっと姿勢を正した。
「父上、近頃何かお気になることがおありですか? 最近のご様子は……どうも」
出すぎた真似と取られないように、正兵衛は恐る恐る尋ねる。
隠居しても、正兵衛にとって零弦は父親であり、師匠でもある。無碍に扱うことは許されない。
「わしは……夢を見たのだ」
「夢、ですか?」
思わず拍子抜けした。
されど、零弦は気にも留めずに話を続けようとする、その矢先だった。
席に料理を運んできた娘が誤って、銚子を倒してしまう。正兵衛と零弦の間に、どくどくと生暖かい酒が流れ出す。避ける間もなく零弦の着物が濡れていく……。
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