5人が本棚に入れています
本棚に追加
慌てた娘。
持っていた手ぬぐいで零弦の着物を拭こうとするが、何故か零弦はひどく嫌がった。とにかく濡れた着物を脱がなくてはと、正兵衛にも促されて零弦は着ているものを脱いでいけば……。
正兵衛は息を呑んだ。
先日、仏間でみせられて以来、これが二回目になる。父の右肩に浮き出た、例の痣が。
梅の花が四つ。
先日零弦が書物で示してきた『嘉吉の鍔』と呼ばれる痣だった。
正兵衛は思う。
(もしや、最近になって父上がおかしい理由は……この痣を気にして?)
正兵衛も先日零弦から告げられるまで、父の右肩に痣があるとは長年全く気付かなかった。
今一度、痣の形を確かめようと正兵衛が目を凝らそうとした。
ちょうど、その時だった。
がちゃん。
何かが落ちる音が。杯が割れたのだ。
ぞくり……。
悪寒を感じる。
何やら言い知れぬ淀んだ気配が……。
道場で放つ気合の類ではない。人斬り特有の、どす黒い殺気。
(こんな処で殺気を放つ者など……)
戸惑いながら、狭い酒場の中を正兵衛は見回す。
居た。
最初のコメントを投稿しよう!