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刹那、その場に居合わせた誰もが愕然とした。よもや祖父に対して吐く言葉ではない。聞き間違えたのではあるまいか。正兵衛は自分の耳を疑ってしまう。
幼い彦丸は繰り返す。口調は、すっかり大人びたものだった。
「哀れなり『伝次郎』よ」
「彦丸っ!」
怒声。たまらず誰かが叱り飛ばす声が。
すると、幼い身体が一瞬激しく痙攣する。治まったと思いきや、彦丸は急におどおどした顔つきへと。着慣れぬ袴着姿のまま、バタバタと駆け出す。遂には、奥座敷から姿を消してしまった。
彦丸の晴れ舞台を見に来た者達はしばし言葉を失った。
母親が急いで後を追う。
ふと正兵衛は何やら視線を感じた。ゆっくりと上座の方を向く。
そこには零弦の姿が。厳しい、零弦の眼差しが正兵衛に向かって注がれていた。
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