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先ず何より求められたのは、次期当主候補。しっかりした跡取りが必須だった。どの道場も跡取り問題に頭を悩ます。血筋よりも心技体に優れた者を養子に迎えることも珍しくは無かった。
正兵衛は零弦の実子である。
が、若い頃は事有るたびに、そんな様では柴原道場は継がせられない他の者に譲るぞ、としきりに鞭を打たれて稽古を積んできたのだ。
今の柴原道場の当主は正兵衛である。
されど、隠居の身となっても零弦は依然として大きな影響力を持っている。
剣の道に厳しい零弦ならば、早々と孫の彦丸に見切りを付けてしまう。次期当主候補から外してしまうのではるまいか。
正兵衛は密かに怖れていたのである。
が、零弦の怒りは既に治まっていたらしい。淡々とした口調で、
「もうじき彦丸も子供組に入るのだったな。さすれば次第に変わってくるかもしれぬ」
更に続けた。
「わしに叱咤されておきながら、逆に暴言を吐いてくるなど。あれだけの元気があれば結構。正兵衛よ。まだ彦丸は七歳。そう深く案じるものではない」
やはり孫には甘いのか。零弦が彦丸を見捨てていない事に、正兵衛は安堵する。
それでも、一抹の不安は消えることはない。
(まずは竹刀を握らせなければ)
弱虫で臆病な彦丸は、剣道を嫌がった。稽古の時間にあると雲隠れしてしまう。もちろん、祖父零弦に全く懐かなかった。
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