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「……お母さんを……悲しませたくなかったのに………」
「……っかりしろ。おいっ」
身体を揺すられ、我に返った。
「あ………」
気がつけば、白い空間に戻っていた。
「辛い現実だな」
僕の肩に手を置いていたスーツ姿の男は、それだけを言い置いて僕のそばを離れた。
「お母さんに言わなかったのは、恥ずかしいとか……そんなんじゃなくて………」
俯いていた僕の口が、離れていく気配を追いかけるように、言葉を落とす。
一度だけ、相談しようと思ったことがある。
でも、見下ろした母の頭に見つけた数本の白髪。
決意が崩壊した。
「僕の生活を守るために必死のお母さんに……、今以上の心配をかけたくなかったんだ………」
手のひらをぎゅっと握り締める。
「家族の悲しむ姿を見るのは辛いな」
離れた場所から語りかけられた。
「残酷な現実だが、お前は伝えるべきだったんだ」
心に突き刺さる言葉を紡ぐ声が、近づいてくる。
「たとえ伝えなかったとしても、死ぬべきじゃなかったんだ」
父親とはすでに死別している。だから、僕の自殺で、母は一人きりになる。
忘れていた訳じゃない。
でも、殴られて倒れた自分の目の前にあったのは、分厚い雨雲に覆われた真っ黒な空。
心が黒く染まった。
「自分の死に、もう少し自覚を持つといい。そこにどんな理由があれ、私には、たった一瞬の気の迷いで、大事な母親の存在を忘れたとしか…」
「気の迷いなんかじゃないっっ」
男の言葉を打ち消すように、遮る形で否定する。
「あの瞬間、あれが、唯一つの選択肢だったんだっっ」
ぶるぶると震える拳。落ち着かせるために、再度手のひらを握り直す。
身体の芯が熱い。込み上げてくる熱が目頭に達するも、感情の発露としての水分が流れ出ない。
切なさが募る一方で、悔しさも込み上げてくる。
溢れる感情を抑えるよう、ギュッと目を瞑る。
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