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「もうっ! 最低!」
滝の轟音のような雨音の中でも聞こえる、女の金切り声。いくら田舎で利用者が少ないとはいえ、よりによって公衆の耳目が集まる場所でどうしたらこんな痴話喧嘩をする展開になるのか。
走り去る少女、そこに立ち尽くす少年、二人とも隣町の高校の制服を着ている。
少年は無人駅から出てきた私に視線を移した。頭の先から足先までずぶ濡れで、傘は無いのかと思ったら彼の足元にひっくり返った状態で落ちている。左手を右手で押さえているので、おそらく少女に弾かれたのだろう。
涙の所為ではなさそうだが、濡れているような黒い瞳に呑まれそうになった。落ち込んでいるのか、放心しているのか、どちらともつかない表情で彼はこちらを見つめている。
「……の?」
「え?」
不意に話しかけられたが、雨の音にかき消されて聞こえない。私は彼の方に歩みを進める。
「……見たね」
消え入りそうな声だった。
「……見たけど」
「……じゃあ慰めてよ」
彼の左手が私の右肩を掴む。
「え……ちょっ待って……!」
彼の右手が戸惑う私のほおに添えられる。
彼の瞳に色の気が宿った。そこに私の困惑顔が映り、あ、ヤバイと感じた時には時すでに遅し。
雨に濡れた彼の唇は、吸い寄せるように私の唇を塞いでいた。
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