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「…………」
私の身体は、身動ぎ一つしなかった。彼の唇の圧を、ただただ受け入れ続ける。
「あ……」
パッと場面が切り替わるように、長く密着していた唇が離れて私たちは見つめ合った。彼は目をぱちくりさせている私に一言もかけることなく、何事も無かったかのように落ちていた傘を拾って帰っていく。
私は無心で家路を歩いた。下宿中のアパートの二階の角部屋の鍵を開け、ドアを閉めて鞄を投げると、座り込んで頭を抱え込む。
……何だったの?
私の脳内が、突然のキスで埋め尽くされている。私、どうして抵抗しなかった? どうしてあの時、身を委ねてしまったの?
理由は単純明解……尋常じゃなく巧かった。硬過ぎず柔らか過ぎない感触に、強くも弱くもない圧力。他人だとか往来だとか全てを忘れて、思わず目を閉じてしまう程に。
高校生ごときに理性を吹き飛ばすなんて、私も堕ちたものだ。
……寒い。
私は似合わないスーツのジャケットを脱ぎ捨てる。雨を吸ったせいでずっしりとした重みがあった。
「クリーニング出さなきゃ……」
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