第1章

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 「そもそも、カレカノの関係はホーリツでホゴされないわけ。ケッコンしてないからフテイでもなんでもないよね? 非難されなきゃいけない理由なんてないよね、分かる? ま、俺はケッコンっていう制度自体に疑問を持ってるけどね。恋愛は自由っしょ。それを法律で制限しようなんて──」  自信たっぷりの演説が続く。いちいちもっともな気がして、胃もたれのような重みが希愛の全身を支配する。  何だろう、この感覚は。嵐と話していると、自分が低い次元にあると繰り返しすり込まれている気がする。もちろん嵐は希愛を罵ったりなどせず、花芽に水をやるような優しさで説諭しているだけなのだが。しかしそのたび、希愛の中の根源的な何かが腐っていく気がする。そんな自分はやはり劣っているのだろうか。嵐の好意を素直に受け取れない自分は性格が歪んでいるのだろうか。  「ま、木崎も成長しなよ」  嵐は立ち上がって希愛を見下ろし、ドリンクを汲みに行った。  雨が降り続け、窓を叩き続けている。  希愛は再びガラスの水滴を見た。小さな雫が磁石に引かれたかのように寄り集まり、肥大し、ある時堰を切ったように崩れる。そうやって滑り落ちていく雨水の筋を希愛は眺め、自分の顔を観察した。化粧が崩れかけている。  滑稽だ、と思う。自分を奮い立たせるためのメイクなのに。メイクは鎧で、防壁だ。メイクをしている時としていない時では精神の張り詰めようが違う。今日はコントロールカラーベースを仕込んで肌を作り上げ、強めにアイラインを引き、マスカラを乗せて、それから、それから、ああ、それなのに。  だから雨は嫌いなのだ。  ガラスに映る顔の上を水滴が流れていく。  ぽたり。  お冷やの上に雫が落ち、波紋が広がる。希愛はいつの間にか泣いていた。いけない。アイメイクが崩れてパンダのような目になってしまう。涙を拭おうにも、拭ったらメイクが落ちてしまうだろう。どうしよう、どうしよう。  ぽたり。ぽたり。  つむじに、肩に水滴が降ってくる。雨漏りだろうかと腰を浮かせ、希愛はぎょっとした。いつの間にか踝まで水に浸かっている。ぽたり。ぽたり。ぽたり。水がたちまち嵩を増す。
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