拍子鳴

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「あの、どうして私の状況が分かったのですか」 岩崎は気だるそうに煙管から煙を吸う。 「そんなことは簡単です。貴女のブーツの擦り切れ具合に足の腫れようは、長い距離を走って来たことを表している。貴女の袴はとても良いものだ。そんな袴を仕入れることができるのはおそらく華族。貴方の持ち物には紋がありました。しかも、若のつく家の物。しかし汚れと傷跡から、幾度か転んだ。そのくらい慌てていた。そういえば先日若槻家の御当主が亡くなられた。当主、若槻昭博氏は好色で知られる御仁。大方、遺産相続に巻き込まれた哀れな妾の子、そんなところですか」 「…すごい、どうして」 「こんなことは少し観察すれば分かります。なんなら、貴女が何をしていて、どんな性格で、今朝は何を食べたか、どんな趣味をしているのか当てましょうか」 「…いえ、結構です」 「でしょうね。この癖のせいで随分嫌われたものです」 「あの、なんで助けてくれたんですか」 「まだ疑ってるのですか」 「…はい」 「うん、正直ですね。答えは貴女が倒れていたからですよ」 「それだけですか」 「御実家に連絡するとでも?」 「それは…」 「しませんよ。私、興味ないですから。遺産相続なんてものに関わると身を滅ぼします」 「…そうですか」 女は立ち上がった。そして、深々と礼をする。 「介抱していただき、ありがとうございます。貴方のようなお人に拾われて良かった。この恩は七生、忘れません」 「もう行かれるのですか?」 「はい。ありがとうございました」 「貴女がそうするのは勝手ですが、今行くと命を落としますよ。できるなら、店の奥に隠れているとよろしい」 「…え?」 「ほら、もう音が聞こえて来た。それに人影も」 「あ、あの」 「早く行きなさい。まっすぐ進み、突き当たりを左です」
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