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「あー……実はさ」
タッパーに詰めたお総菜をせっせと冷蔵庫に詰めていると、背後からわざとらしい咳払いが聞こえた。いつものように母のお使いで訪れた兄の部屋は、いつものように掃除が行き届いている。
「俺、近堂と、その、付き合い、始めたんだ」
「え?」
志織はぽかんと口を開けて振り向いた。兄は耳まで赤く染めて気まずそうに唇を噛んでいる。どこか緊張した様子も気になったが、それ以上に――
「まだ付き合ってなかったの!?」
大学に進学した近堂が兄の部屋に入り浸っていることは知っていた。時折ばったり顔を合わせることもあったから、てっきりとんとん拍子で事が運んだものだと志織は信じ切っていたのだった。
「ま、いろいろあって」
「そっかあ……でも、よかった。どう?あいつ、優しい?」
どうにか衝撃から立ち直った志織は、ぱたんと冷蔵庫を閉めて兄に向き直った。曖昧に頷く兄は珍しく何か言いたげで志織は首を傾げた。
「……あいつ、お前のこと好きなのかと思ってた」
「え?」
「志織の元彼か何かだと、思ってた」
「はあ? 有り得ないでしょ、だってあいつお兄ちゃんにべた惚れじゃん」
がちゃり、ドアが開く音がした。予想通り、入ってきたのは近堂だった。兄越しにぶんぶん手を振って見せる志織に、驚いた様子もなく手を振り返す彼は高校時代から更にがっしりと逞しくなったように見える。兄は志織のほうを向いたまま、近堂に向き直ることなく動きを止めていた。そして無意識だろう、ふんわりと柔らかな笑みを浮かべた。志織はその幸せそうな顔に目を奪われた。こんな風に緩やかに笑う兄の顔は見たことがない。いつだって完璧に見えた兄は、ずっと、自分の前では気を張り続けていたのかもしれない。不意に泣きそうになる。胸の奥が軋むのを無視して、志織はわざとらしくおどけた声を出した。
「はいはい、邪魔者は退散しますよー、二人ともお幸せに!」
志織が立ち去ろうとすると、近堂が慌てたように声を張り上げた。
「えっ、折角だしもう少し居たら? 新発売のアイス買ってきたからあげるよ」
「……でも、」
「用事ないならいいだろ。ほら」
にこにこ笑う近堂も、面倒臭そうに腕を引っ張ってくる兄も、嫌になるほど幸せそうで。自分もいつか二人みたいに幸せな恋が出来るのかなあ、なんて、らしくもないことを考えながら、志織は近堂の分までアイスを平らげたのだった。
End.
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