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お兄ちゃんと同じ高校入ったんだ、偶然なんだけどね、なんて仲の良い友人にさらりと溢せる程度に志織の心が落ち着いた頃、サッカー部が県大会の準決勝に進めず敗退したと人づてに聞いた。元々が強豪校で、県のベスト4に入るのも当たり前のチームだった。同じ高校と言えど二学年違えば顔を合わせることも滅多にないし、受験勉強で忙しそうな兄に話し掛けることも躊躇われて、伊織がどう思っているのか聞くことはついになかった。
志織は二年生になった。数少ない友人と同じクラスになり、どこかほっとして腰掛ける。相山、という苗字のお陰で新学期が始まる時期は最前列の一番端が定位置だ。ここからは教室に入ってくる新しいクラスメイトの顔がよく見える。ちらちらと向けられる好意的な目線、敵意に満ちた目線、それらを受け流しながら何とはなしに手元のプリントに目を通す。そのときだった。
ふと、一際強い視線を感じた。ちりちりと焼け付くような。思わず顔を上げた先には大柄な男子生徒の姿があった。浅黒く日に焼けた肌はかつての兄のようで、なかなかに整った顔をしている。しかし志織の目を引いたのはその食い入るような目つきだった。
不思議な目だった。志織は内心首を傾げた。どこかで顔を見たことがある気がする。記憶を掘り起こそうとする志織からすっと顔を背け、その人物は歩き去ってしまった。
同じクラスにも関わらず、彼と話をする機会はなかなか訪れなかった。朝はぎりぎりに登校し、休み時間はどこかへ消え、放課後はあっという間に姿を消す。にもかかわらず、やたらと目だけが合う。授業中やふとした移動時間、顔を上げればあの強烈な眼差しが向けられていた。負けじと見返せばさりげない動作で逸らされてしまう目線に、志織は興味を持った。元々社交的なタイプでもない彼女は、普段なら自分に好意を向けてくれる人にしか話し掛けることもない。我ながら珍しい、と思いつつ、休憩時間に席を立つ彼の後を追いかけた。
「近堂くん」
振り返った彼はあからさまに驚いた様子だった。
「えっと……何?」
戸惑いを滲ませつつ浮かべた笑みは人懐こい色が濃く、これはモテるだろう、と志織は頭の片隅で冷静に観察した。
「ねえ、近堂くんて私のことすきなの?」
「え?」
ほっとしたような残念なような不思議な感情が過ぎる。困った風に瞬く睫毛はがっしりとした体躯と不釣り合いな可愛らしさがあった。
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