節操なしの純情

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「もしかして、相山さんってサッカーやってたお兄さん、いる?」  日に焼けた肌でも分かるくらい顔を赤くして、近堂は言った。聞けば、彼は兄をこよなく尊敬しているのだという。わざわざ兄を追ってこの高校に入ったというのだから相当だ。まるでアイドルの追っかけをする女の子のような近堂の様子に、志織は笑ってしまいそうになった。 「お兄ちゃん、もう部活辞めちゃったけど」 「知ってる。でも、あの人みたいになりたいっていうのは変わらないし」  不思議と、兄の見舞いに訪れた後輩たちに感じたような憤りは覚えなかった。彼がどこまでも純粋な憧れを抱いているということが短いやりとりの中、そしてあの強い目線に滲み出ていたからだろうか。  一度話をしてから彼と親しくなるのは早かった。異性の友人なんて今までいたことのなかった志織にとって、近堂の存在は新鮮だった。兄に対して崇拝に近い感情を抱く近堂は、いくら志織と親しく話していても、彼女に対して友情以上の何かを感じることは全くないようだった。その上、自慢の兄の話を嬉しそうに聞いてくれる。彼と話していると不思議と心が癒やされるのだった。  知れば知るほど、伊織に対する近堂の想いの重たさは異様だった。中学時代に出場した試合の写真を未だ大切に持っていると知ったときには少しばかり引いてしまった。宝物だから、と頬を染める近堂には悪いが、言葉を変えれば盗撮だ。気の毒になった志織が、家にある中学時代の写真を何枚か譲ってあげるといたく喜んでいた。  ミーハーな憧れとは裏腹に、彼のサッカーへ向ける情熱は本物だった。志織がサッカー部員の彼氏と付き合っていた頃、試合を見に行ったこともある。近堂のプレーを何とはなしに眺めていた志織はひどく驚いた。あれだけ繰り返し憧れの存在だと語りつつ、近堂のスタイルは兄の軽やかなプレーとは全く違った。大柄な体躯を生かし、そのパワーで敵を圧倒するディフェンダー。チームの盛り上げ役として、時に指示を出す姿。しかし、試合終盤になって、志織は気がついた。彼が憧れると語るのはその精神性だと。試合の流れが滞りそうなときにも、失点した際も、彼だけは常に変わらぬ姿勢を貫いた。それはどんな負け試合でも最後まで走り続けた兄の姿と重なるものがあった。  近堂は試合中、ふとした瞬間胸元に手を当て空を見上げた。それはもしかしたら、兄のことを思っていたのかもしれない。
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