節操なしの純情

7/7

29人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 ずっと憧れていました、そう言ってきた後輩がいた。志織はその告白に心を踊らせた。休みの日に会う約束を取り付けた後、彼女はふと既視感を覚えた。どこかで聞いた台詞――そう、まるで近堂の言葉のようだ。  彼は兄をそういう意味で好きなのだろうか? 近堂と親しくなるにつれ、志織の心の内でその疑念は大きくなっていった。 「この間さあ、お兄ちゃんの彼女さんがね……」  勿論口から出任せだ。ある日の休憩時間、ふらふら歩く近堂を捕まえた志織は鎌をかけることにした。引っ切りなしに相手の変わる志織と違い、兄の浮いた話を聞くことはなかった。サッカーにしろ勉強にしろ、一度打ち込み始めると周りが見えなくなるほど熱中する兄のことだ。恐らく今もフリーのはずだと志織はあたりをつけていた。見たかったのは、伊織のそんな話を聞いた近堂の反応だった。 「彼女、さん……」  近堂は目を見開いた。余程衝撃が大きかったのか、志織が出鱈目に語る作り話もろくに聞こえていない様子だ。志織は確信した。これは単なるライクではない。更に恐ろしいことに、彼は自分が何にショックを受けているのかも自覚していないらしい。なるほど、と志織は思った。そして近堂と兄が並び立つ姿を想像してみた。悪くないかも。それが志織の出した答えだった。 「なんで相山は、その、応援してくれんの?」  受験も近づいてきた秋の頃、近堂は心底不思議そうな顔をして尋ねた。志織はそれらしい答えを返し、何故だろう、と自問した。どうして自分は近堂を応援しようとあれこれ手を回しているのだろう? 「あー……ほんとかっけえなあ……」  センター試験を控えた一月、暢気にスマートフォンの画面を見つめる近堂の姿に志織は呆れた。中学時代の兄の画像。県大会の決勝で逆転勝利を収めた日のそれを、彼はことあるごとに見返していた。 「先輩みたいになりたいなあ……」  何故か、その瞬間、志織は稲妻に打たれたような衝撃を受けた。ひたむきに努力する兄が、誰からも認められる兄がずっと自慢で、同時にずっと羨ましくて仕方がなかった。憧れながらもどうせ自分には無理だと諦めて『お兄ちゃんみたいになりたい』なんて口が裂けても言えなかった。だから、彼の存在が志織の目には眩しく映るのだ。清々しいほど真っ直ぐ憧れを口にして、言葉以上に行動で、何年も掛けて兄を追い続ける近堂が。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加