Ⅰ オレの救世主はまさかの同じ教室内にいたらしい

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 貴方様は、胃が引き絞られるようなしんどい窮地から、オレを救ってくださったメシアだ。昨日はもはやこれまでかと腹を括ったけれど、貴方様のおかげでどうにか首の皮が一枚繋がりました。  マジで、本気で、有難うございます。 「あーっ、もう! 楽しみにしてたのに! 雨が降って台無しだなんてマジでありえない!」 「ハァ……通常授業とか、マジだるいわ。今日は、もう勉強なんてできる気分じゃねーよなぁ」  どこからともなくオレの学習机の周りに群がってきた倉田と百瀬は、そんなオレの高尚な心境なんて勿論知る由もない。予想通りというべきか、アホな悪友共は、オレの救世主に対して酷い憎まれ口を叩いている。てか、倉田に関しては、そもそも勉強の気分だった日なんて一日もねーだろ。  ふっ、残念だったなお前ら。  やるせなさそうに降りしきる雨を睨んでいる奴らの姿は、最高に滑稽だ。  笑いを噛み殺すのに必死過ぎて、もはやお腹が痛い。  だがしかし、ここで噴き出してしまったら、折角恵みの雨がもたらしてくれた僥倖を台無しにしてしまう。それは、本末転倒も良いところだ。  そこで、表面上はどうにかアンニュイな表情を保ってみせる。  オレの鍛え抜いた俳優力を、今ここでこそ発揮すべきだ。 「ホントだよなぁ……」  あたかもこいつらの言いぶりに同調しているように頷き、本気で残念がっているようにみせるため盛大に肩をすくめることも忘れない。  倉田も百瀬も、オレが内心ではほくそえんでいることに全く気付いていない様子だった。この天才的演技に騙されて、オレも自分たちと同じように、心底今日の雨を憎んでいると思いこんでいるようだ。バカな奴らだ、ちょろいな。 「速水も、体育祭楽しみにしてたもんね~。あーーっ、雨が憎い! 今からでも、止んでくれないかなぁ」  ぴきり。  ……はあ? 誰が、楽しみにしてただって!?   冗談も大概にしろ! ふざけんな、この陸上馬鹿女!  百瀬の能天気すぎる悪態に、青筋が浮かびかけたが胆力で引っ込めた。  代わりに、内心ではマリアナ海溝よりも深いため息を吐く。  体育祭。  それは、オレが数ある行事の中でも最も忌み嫌っている堂々一位の鬱イベントである。
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