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近代ヨーロッパ風のドレスを着ているが、仕草に違和感がない。どこかで同じような役をやったことがあるのだろうか。
「わたしは、ビールの洪水で溺れ、急性アルコール中毒で死にました」
「凝ったねえ」
私は言った。
「でも、同じビールの洪水なの?」
私は、サスペンダーを付けた男性と、リボンの女性とを、交互に指した。
「はい。同じ町の出身で」
「そうなの。このアルバイト、一緒に応募したとか?」
「ええ」
女性は微笑して言った。
ゾンビメイクで顔が半分崩れているが、笑うと可愛い。
「じゃあ、シャツとズボンの貴方」
私は三人目のゾンビ役を指名した。
「ええと」
薄汚れたシャツと十九世紀風のベルト、ペラペラの生地のズボンを履いた中年男性は、少し言いにくそうにした。
「私のはその、笑っちゃうんですが……」
男性は頭を掻いた。
「何でもいいですよ。言ってみてください」
「私は、ビールの洪水が起こってるってんで、樽持って来て汲もうとしたら、落ちて流されちゃいまして」
「え……貴方もビールの洪水?」
ホワイトボートに書き込みながら、私は男性の方を振り向いた。
「え、ちょっと待って」
私は右手を挙げた。
「他にも、ビールの洪水を死因にしようとしてる方いますか?」
全員が手を挙げた。
「何、流行りか何かなの? ゲームか何かでそういうのあるとか。でも、もうちょっとバラバラの方が」
「実話なので、リアリティあるかと思ったんですが……」
シャツとズボンのゾンビ役が言った。
「実話? 実話なの?」
私はその場でスマホを取り出し検索した。
確かに十九世紀のイギリスで、そういう事故があったと出ている。
原因はビール工場の大樽の大量破裂。
「へええ……聞くとギャグみたいだけど、実際は地獄絵図だったって」
ゾンビ役が全員揃ってコクコクと頷いた。
「それでもねえ……」
私はスマホを仕舞った。
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