冷たい毒飲料をどうぞ

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 癖のあるボブの髪、耳に付けた小さなピアス。  自分自身にしか見えない。  なにこれ。  幽体離脱。その言葉が浮かんだ。  それならすぐ戻らなきゃ。  咲子は、足先で、そーっと自分の体をつついてみた。  こ、こんな感じで入ればいいのかしら。 「あのそれ、譲って戴けませんか」  後ろから、男性の声がした。  は?  咲子は振り向いた。  部屋中央のテーブル横に、体育座りの男性がいた。  咲子よりも少々年上の、会社員風だ。  咲子は悲鳴を上げて後退った。  玄関のドアに背中をぶつけ、そのまま外にすり抜けて、中に押し戻った。 「な、いや、あああ、泥棒、いえ変質者 ?!」 「どちらでもないです。あなたの前の住人です」  会社員風の男性は言った。 「ま、前の。何か、お忘れものでもっ!」  咲子は、怒鳴るように言った。  「いえ、ずっとここにいたんですが。やっぱり気付いてませんでしたか」  男性は言った。 「やっぱり変質者 ?!」 「違います。死んでいますから、そんな性欲はもうありません」 「死んでいなければ、あるんですねっ!」  自分でも、何を言っているのか分からない。  咲子はスマホを置いた場所を目で探した。  男性のすぐ横のテーブルの上だ。  どうやって通報しよう。 「落ち着いてください、今、事情を話します」  男性は正座に座り直した。 「すみませんが、名刺は切らしておりまして。私、海山商事の八月晦日(はつみ)と申します」  八月晦日(はつみ)は、畳に手を付き、折り目正しく礼をした。 「はあ。ご丁寧に」  咲子はついつられてそう返してしまった。 「話せば長くなるのですが」 「出来ればかいつまんで」 「じゃ、かいつまんで。私、一年前にここに住んでおりまして。ある日、脳梗塞と思われる症状で急死しました」  はあ、と咲子は相槌を打った。  「お若いのに」  何となくお婆ちゃんの口癖を真似てしまった。
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