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「正確にいうと、あなたと私の間に、一カ月ほど住んだ方がいました」
八月晦日は言った。
「なので、あなたに告知する義務がなかったのではないかと」
それ、都市伝説でよく聞くけど、マジだったのね……。
「殺すの、その人にすれば良かったじゃない」
「死んでいただく暇が無かったんです。一カ月では」
八月晦日は言った。
「それに、いわゆる、キモオタですか? ああいった外見だったので、それはちょっと……」
八月晦日は、苦笑し頭を掻く仕草をした。
「はああ?」
咲子は声を上げた。
「それで女性の体を乗っ取ろうって? 最初から思ってたけど、あんた、いやらし過ぎんのよ! 商談に行きたいだけが目的じゃないでしょ!」
「本当です。本当に商談に行きたい一心だったんです」
八月晦日は畳に手を付いて言った。
「だいたい、そこで毎日あたしの私生活覗いてた訳よね!」
「覗いてた訳ではありません。真っ直ぐ目の前でしたから」
八月晦日は大真面目に言った。
「それで、真っ直ぐ見て何してたのよ、答えろ変態幽霊!」
「始めに言った通り、死んだのでそんな性欲はありません。着替えのときなんかは、申し訳ないので後ろを向いてました」
八月晦日は必死で両手を振った。
「それに、私のいた会社は、セクハラに関する教育は、それはもう徹底しておりまして」
八月晦日は言った。
「セクハラに問われそうなものが、少しでも目に入りそうになったり、手に触れそうになったら、条件反射的に回避する癖が染み付いております」
な、何だ、悲しいなそれ……。
咲子は、ふう、と息をついて項垂れた。
不意に、玄関の鍵が開けられる音がした。
玄関ドアの向こうから男性の声がする。
「いえね、この部屋から夜な夜な男女の言い争う声が聞こえるって、他の住民が」
嗄れた初老の男性の声。
多分大家さんだ。
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