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通報を終えた大家に、友達は言った。
「男女の言い争う声を聞いたっておっしゃってましたよね?」
「ええ。ここ数日、夜中になると聞こえるって。他の住民の皆さん、みんな気味悪がって」
大家は不器用な手つきでスマホをタップし、友達に返した。
「え、夜中?」
咲子は八月晦日の方を振り向いた。
「言い争いは、昼間もしてたわよね?」
幽霊になってから昼夜の区別はどうでもよくなっていたが、時間は限定していなかったはずだ。
「このアパートは、昼間は仕事に出てて、夜しかいない人が大半ですから」
「ああ……そういうこと」
思いがけず、怪談話のからくりのひとつを知ってしまった気がする。
友達は、咲子の遺体を見下ろし言った。
「殺人でしょうか……」
「さあ、どうだろうねえ。腐乱始まってるから、死因の特定しずらいかも知れないし」
大家は言った。言葉の端々に、ただの病死であってくれ、というような願望が見え隠れして、咲子はイライラした。
「でも、男女の言い争う声を住人の人たち聞いているんでしょ? わたし、咲子の別れた彼氏が怪しいんじゃないかと思うんです」
友達は言った。
何で、と呟いて、咲子は友達の顔を見た。
友達は、確信ある表情で言った。
「凄く陰湿そうな目つきの人だったんです。わたし、絶対ストーカー気質のある人だと思っていました」
そ、そんな風に見てたの? いいい、いい人だったんだけどなあ……。
咲子は困惑して友達の台詞を聞いていた。
「別れたって言ってたからホッとしてたんですけど、きっと、ずっと付きまとわれてたんです」
つ、付きまとわれてない、付きまとわれてない。
咲子は内心で一生懸命否定した。
どちらかというと内気な人だったから、別れて以来、気を使って、話しかけてすら来ない。
「まあ、そういうのは、警察に任せて……」
大家さんは言った。
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