高架下の悪夢

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 高架下の道路を歩いていると、向かい側からスーツを着込んだ男性が歩いて来るのが見えた。夜になっても気温があまり下がらず、歩いているだけで汗が滲むこの季節に、上着をしっかり着込んでいるなどあり得ない。妙な男性だと遠目からも分ったから、なるべく目を合わさないようにと視線を逸らす。 「……、……」  まだ遠くてよく分からないが、その男性は何かをブツブツと呟いているようだった。時折、何か低音が切れ切れに聞こえてくる。しかし、彼が持つ強烈な違和感は、そのどちらでもなかった。それに気付いた私は、引き返すか先に進むかで歩みが遅くなる。よく分からない存在に背中を見せるのもまた、ひどく怖かった。男性の歩調は変わらず、こちらとの差はどんどん短くなっている。背中に妙な汗が伝って落ちた。  恐ろしい男性だった。  目をこらしても、その男性の顔を見ることが出来ないのである。頭部全てを覆う黒い靄が、男性の顔を隠してしまっているのだ。それはまるで、鉛筆でデタラメに線を書きなぐったような靄だった。  悲鳴を上げたらいけない気がして、私は唇を噛み締めた。漏れ出る息が妙な音を立てる。  男性は上下に体を大きく揺らしながら、こちらへどんどん近づいてきた。私は意を決してその男性の隣を通り過ぎることにし、歩調を早める。男性の革靴が、アスファルトを蹴る音だけがやたらと高架下に響いた。かつ、かつ、かつ、その足取りに淀みはない。そうして互いがすれ違う瞬間のことだった。     
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