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 僕の朝は母さんの声から始まる。 「湊(みなと)、起きなさい」  枕を抱えるようにして眠る僕の肩を、母さんは今でもあやすようにゆっくりとたたく。 「ん?」  僕は寝返りを打つようにして、その手から逃れようとする。そうすると母さんは、いつも実力行使に出る。母さんが僕の肩をたたくのをやめると、程なくしてベッドが小刻みに揺れ始めた。 左のほうのベッドの端が持ち上がる。ぎぎっと不協和音を奏でながら、ベットが徐々に傾きを増してゆく。僕は枕に抱きついたまま、ベッドからどすんっと床に落とされた。 「いたた。母さん、ベッドから落とす以外に何か方法ないの?」  僕は慣れたもので、ひょいと体を起こした。痛いというのも、実はそうでもなくて、まあ、いわゆる僕と母さんのコミュニケーションの一種だ。 「だから、起きれば良いでしょう。ほら、顔を洗って、ご飯を食べて」 「はいはい」  僕は枕をベッドの上に放り投げると、そのまま洗面所へと向かった。  ぴかぴかに磨かれている鏡には曇りひとつなく、僕のくせっけの頭をこれ見よがしに見せつける。ばしゃばしゃと顔を洗って、横のタオルで顔を拭く。これも新品のように真っ白だ。     
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