学校

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学校

 いつもときっかり同じ時間に学校に着くと、僕は窓際の後ろから二番目の席に座る。かばんから教科書を取り出して、空になったものを机の横にかける。  それから教室に並ぶ花々に水をあげた。今日は僕が花当番だ。窓の隅に追いやられている備え付けのじょうろで花々に水を振り掛ける。太陽の光を水の粒たちがきらきらと反射させる。途端に花々が生き生きしてきたように見えた。 「おはよう」  名前など知るわけもないから、いつも僕の中では、黄色の花、ピンクの花、小さい方のピンクの花、と言った感じの見分け方しかしない。花に話しかけても、もちろん返事が返って来たことはない。だから、いつも僕は花たちがちゃんと今日も生きているのか、不安になる。名前も知らない花たちは、いつもそこにいて、呼吸をしながら成長しているのに、僕はそれを今でも信じきれない。  呼吸はしているけれど返事をしてくれない花と、返事はしてくれるけれど呼吸はしていない母さんは、じゃあどっちが「生きている」のだろう。  母さんは機械で。  そして、母さんが僕の母親代わりで。  そうやって、すんなりと受け入れられていた事実を、今では置き場のない植木鉢のようにもてあましている。  僕は残りの花たちの水やりを終えると、じょうろを元の位置に戻して、何事もなかったかのように机の上に小説を広げた。最近読み始めたばかりで、まだ数十ページの部分に栞が挟まってある。  窓から引き込んでくる風に、本のページがめくられる。窓を閉めに立ち上げると、僕の目に母さんのピカピカの青い屋根が映った。高台にある学校からは、町の様子がよく見渡せるものだ。僕は、母さんの屋根がこれ以上青くならないといいなと思った。母さんの屋根は、まるで泣いているように見えたから。
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