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彼女は立ち止まった。
今日はどうやら話が出来そうだ、そんな感じがする。だが、本題と違うことが気になってしまう。
「まだバレエ教室が終わる時間じゃ無いじゃん。何かトラブルでもあったのかい?」
彼女は顔の雫を拭い、体をこっちき向けてくれた。長い睫毛が黒目に被るくらいに、じっとりこっちを睨む。
「なんで、終わる時間知ってるの?キモ…」
その目と言葉に、僕の手は少し汗ばんだ。持ってたカメラを放すと、首から下げたストラップで振り子の様にゆれる。僕の目線みたいに。
たしかポケットにハンカチがあったはずだ。
スマートに差し出すつもりが、左右のどちらのポケットに入れたか覚えておらず、交互にポケットを弄り、無様にハンカチを取り出す。せめてもと、堂々とした顔つきで彼女に近づき差し出した。
「小学生の時はよく一緒に遊んだろ?母さん達が仲良かったから、大体の事は母さんから聞けるよ」
彼女はハンカチを受け取らない。僕のキザな態度が気に入らないのだろう。しなやかな腕を伸ばしてハンカチを持つ手を軽く払った。
「そんなの要らないよ、別に泣いてなんか無いし」
「えーと…。ほら、今日は曇りだろ?もうすぐ雨が降るから、よかったら使ってよ」
彼女は黙って歩きだした。僕はその後を追う。サワサワと風が吹く、雨の前の湿っぽさは無く爽やかだ。
僕の言葉も、心地よく彼女の中を吹き抜けられたらいいのに。
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