プロローグ

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たった数秒、視線を交わしただけのその人を、私はすっかり忘れてしまっていたわけだけれど、それも当然だと思う。 年に一度ちょっとだけ覗き見る、上流階級の世界。 そこに住まう、綺麗な顔立ちの王子様のような人。 まさかそんな人と、今後関わり合いになるなどと思いもしないではないか。 しかもあろうことか、婚約者としてだなんて。 あの日と同じ、晴れた佳き日の日本庭園。 真赤な薔薇の花束と指輪が入った四角い箱を手に、冷たく感じるほど綺麗な微笑を浮かべ私の目の前に立っている。 「今日から君は俺のものだ」 これが政略結婚でなければ、私は夢見るような気持ちで彼のセリフを聞いただろうか。 けれど、現実には夢見心地には程遠い。 乾坤一擲(けんこんいってき)。 のるかそるか。 挑むように彼を上目に睨みながら、私はその手を取ったのだった。
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