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『その通りだ。諸君、落ち着いて壇上に注目したまえ』
そして、マイクを手に持った有隆が平然と壇上に立っている事に全員が気付く。よく見ると、人型の丸太のようなものが両断された状態で有隆の足下に転がっている。
『これが私の得意とする「樹写身」という呪だ。自身の受けた傷を自らの呪力を宿した木人形に移す。この通り、本体は、いたって無事だ。この呪は常に私の体にかけられている。悪霊や妖怪の不意な襲撃があっても傷一つ受ける事は無いという寸法だ』
おおお、と生徒から拍手喝采が巻き起こる。
その時だった。
ぴし、と何か硬い物が割れる音が有隆の耳に飛び込んできた。音自体はそこまで大きなものではなかったので生徒は気付いていない。
(む)
視線を落とすと首に下がっている勾玉の内、右側の一つにひびが入っていた。有隆は視線を勾玉から白臣に移す。そこには笑みがあった。
有隆は一瞬何かを思案するように口元に手を添え、やがて口を開いた。
『おや、どうやら今日の講義の終了時間が来てしまったようだ。諸君、明日はより実践的な形式で君たちの力を見ていきたいと思っている。今日の復習を忘れないように』
そう言って、有隆はチャイムと共に、壇上から足早に去って行った。
◇
講義室から移動し、六階に位置する自らの事務室に帰ってきた有隆に歩みよる人影があった。
「有隆様」
少女の声に振り向くと、そこには白地に薄い桃色の胡蝶蘭があしらわれた和服を着る十二歳程度の少女がいた。ホタルという、有隆の側近として働いている少女だった。少女は有隆の前で丁寧に敬礼する。
「生徒への講義、遠見の術で拝見させていただいておりました。お疲れ様でございます。“陰陽頭”から有隆様に伝令が届いて……」
「貴様。朝の『呪込』をぬかったな。この愚図が!」
「うっ!」
ばしッ! と鈍い音が廊下に響く。
有隆が手の甲でホタルの頬を勢いよく払ったのだ。ホタルはそのまま地面に倒れ込む。床に手を突き、叩かれた頬を抑えながら少女は必死に頭を下げる。
「も、もうしわけ……ございませ……」
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