3人が本棚に入れています
本棚に追加
「申し訳ないで済むと思うな。あの土御門の小僧、火の呪に呪詛破りなんぞ組み込みおって。勾玉に込められた呪力がより強ければあんなもの弾き返せたものを。貴様が、十全に準備しなかったおかげで、私の完璧な呪に傷が付いただろうが!」
ホタルに怒号を浴びせながら、背中や足を何度も何度も強く踏みつける有隆。
有隆は典型的なナルシシズム、いわゆる自己中心的な性格をしている。基本的に他者を肯定する事は無く、自分のミスですら、身近な人間のせいだと真っ先に考える。自らを常にサポートしなければならない側近に対して、理不尽な八つ当たりを取る事もしばしばあった。それでも彼の周りから人間が去らないのは、ひとえに西洞院の正統後継者として生まれたという出自と、彼の陰陽師としての人並外れた才能故だった。
されるがままの少女はそれでも弱弱しく反論する。
「呪はいつも通り込めました……。ただ、白臣様の術が強力だったので……」
「口答えなぞ誰が赦した。あの程度の呪力に対抗できないなら貴様らをわざわざ引き取ってやった甲斐がないではないか。使えぬ人間なら我が屋敷に置く意味もないのだぞ」
その言葉に、ホタルははっとした表情を浮かべ、震えながら唇を噛みしめる。
「そ、それだけは……。次こそは抜かりなく手配致します……。どうかご慈悲を……」
自らの足に縋りつく少女を見下す男の口元には、嗜虐心に彩られた笑みが張り付いていた。
「分かれば良い。そう言えば、何か言いかけていたな。“陰陽頭”がどうとか」
「は、はい。伝令で、大儺儀への“方相氏”としての参加要請が」
ゆっくりと体を起こしながらホタルは伝令内容を伝える。すると、有隆(ありたか)は難しい表情で何やら思案しだした。大儺儀は本来、陰陽寮の戦闘部隊が集められるもの。わざわざ最高位の陰陽師を呼び出した例などほとんど無いと言っても過言ではない。
「わざわざ私を招集するとは……。晴造翁め、『天文密奏』で何かあったと見える」
「いかがなさいますか?」
ホタルの問いに、有隆はいやらしい笑みを強めて振り向きざまに答えた。
「西洞院の名を高める良い機会かもしれん。呼応しようではないか」
続く...
最初のコメントを投稿しよう!