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十二月一日。
京都府、某所。
「非常事態である」
和室の大広間に、凛とした老人の声が響く。
広間には五十名ほどの老齢の男女が集う。戦国時代の評定のように、上座には先ほど言葉を放った老人が座し、その他の人々は向かい合うように座っている。誰一人として老人の声を無視するような輩はいない。
七十を超える老人だというのに、顔の精悍さから来る覇気は未だ四十代のように若々しい。日本人にしては彫の深い顔立ちは現在、真剣な表情で唇を引き結んでいるため、怒っているようにも感じる。その表情が、この場の空気をより一層引き締めている。
安倍晴造。
国の暗部を取り締まる組織『陰陽寮』の統括、“陰陽頭”と呼ばれる重鎮である。
暗部とはすなわち、人ならざるモノを指す。古来より、妖と称されてきた存在だ。
その場にいる誰もが、晴造の言葉に耳を傾けている。
「此度の『天文密奏』によれば、かの鬼神『大嶽丸』の復活の兆しあり、との知らせだ」
晴造の言葉に広間にいる人間のどよめきが起こる。
「それは真ですか?」
「大嶽丸といえば、御伽草子に記述される伝説の化生。確か伝承では、坂上田村麻呂によって退治されたはずでは?」
周囲の人間が晴造の言葉にそれぞれ異なった反応を見せるが、共通しているのは驚愕と恐怖だ。大嶽丸という名前には彼らにそれらの感情を抱かせる程の意味があった。
「“天文博士”からの直接の知らせだ。間違いはない。十二月三十一日、晦日の夜に顕れる此度の癘鬼、その最たる存在が大嶽丸であるとの事だ。これは、ここ千年間で最も深刻な事態であると言えるだろう」
「対策は考えておいでで?」
晴造に最も近い位置にいた初老の男性が尋ねる。晴造の秘書を長年務めてきた信頼に足る男だ。晴造はゆっくりと首を縦に振り、是の意志を表す。
「現在用意できる最高戦力を揃える。土御門家、西洞院家、倉橋家。安倍に連なるこれら名家の力を結集させる時じゃ」
「しかし、大儺儀は五名で行う儀式。各家の代表だけでは三人。後二人足りませぬが? 安倍家から出すので?」
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