始動

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「いいや。一人は、儀式場となる草羽音(くさばね)市、この土地を詳しく知る法師陰陽師を手配してある。草羽音は結界によって隔絶された特異点。全国でも有数の妖が湧きやすい土地じゃ。現地人の協力は必須。そして最後の一人には、久遠(くおん)を呼んである」 「久遠!? まさか蘆屋(あしや)の者に協力を!?」「そんな! 亜流の者の手を借りるなど!」  何人か反対意見をあげる声が聞こえてくる。しかし、晴造の表情は変わらない。今回ばかりは一族の因縁などにこだわっている場合では無いのだから。 「ただちに、各家の関係者はこの方針を伝え、戦力を整えよ」             ◇  歴史上、最も名を知られた陰陽師・安倍晴明。  仮名草子『安倍晴明物語』を始め、浄瑠璃・歌舞伎で題材として取り上げられ、現代においても晴明の登場する物語は多い。それほどに、生前の彼は優れた陰陽師であったのだろう。  そして、彼が物語られる時、敵役として必ず名前が挙がる存在が一人。  道満法師。またの名を蘆屋道満(あしやどうまん)。  晴明と肩を並べ競い合う間柄であったが、とある約束から晴明に弟子入りした。にも拘らず、彼を謀殺し、晴明の妻と不義の関係を結んだ男。  安倍と蘆屋。古くから絡み合う因縁の関係。現代に受け継がれた血族の者たちはその逸話を決して忘れはしない。皆、生まれた時から二人の因縁を語り聞かされるからである。 小鳥の鳴く声が聞こえる。  空はうっすらと橙色を帯び始めた。どうやらもう朝を迎えたらしい。 日付は十二月三十日。冬も只中、空気は刺すように冷たく、吐く息は白い煙。だが、澄み渡る緑の香りは人の心を清浄に癒してくれる。 枝や枯葉を踏む音を延々と聞いていたからか、鳥の声がひどく美しい音に感じた。ゆっくりと歩く歩調や息の上がって増している心臓の鼓動が規則正しく耳に響いてくる。周囲を見渡しても鬱蒼と茂った木々が見えるだけ。もう何時間山道を歩いたのかその男には判断できなかった。携帯の充電が切れているのだ。  奇妙な男だった。上半身は革のジャケット、下はヴィンテージのジーパン姿だというのに、不釣合いな下駄を履いている。腰には小さな小物入れと、何故か大きめの瓢箪を提げていた。髪は伸び放題で右目は完全に前髪に被さっている。よく見れば、大きな傷のついた眼が髪の隙間から伺える。
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