始動

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奇妙な点はもう一つ。  彼の後ろをぴったりと歩く十歳程度の少女。彼女もまた、およそ常人とは言えなかった。 彼女は黒地に鮮やかな赤い彼岸花の刺繍があしらわれた着物を着ている。明らかに山を進む人間の服装ではないが、そこではない。  その少女は余りにも美しいのだ。本当に人間なのかと疑いたくなってしまう、まるで完成された日本人形のような少女。一瞥しただけで、誰もが目を奪われる宝玉のような印象を受ける。山奥で出会っていたら、仙女の類かと見まごう程だ。 早朝の山奥には明らかに不釣り合いな組み合わせだった。 「お前さんたち」  ふと声をかけられた。こんな山奥、しかも日が昇りかけの早朝だ。そんな事があるだろうか。男と少女はかけられた声の主を視線で追う。そこに立っていたのは老人。肩にかけた猟銃を見た所、猟師であるとすぐに分かった。老人もこんな山奥で人に、それもまだ子どもと呼べる年齢の少女を連れた男に出会うとは思っていなかっただろう。 「お前さんたちこんな所で何しとるんや」 「いやあ、迷ってしまいまして。京都ってどっちか分かります?」  男は右左と人差し指を向けるジェスチャーを取る。対して、老人は訝し気な視線を向けてくる。こんな山奥に少女を連れた男。誘拐犯では、とそんな事を考えているような顔だった。 「お爺さん。最近、肩が重いんじゃない?」 そう言って少女の指示した老人の肩には、左右に二匹ずつ、鴨が留まっていた。半透明に透けている鴨。そこがまるで巣であるかのように微動だにしない。老人は気づいていないようだった。彼には見えていないのだ。  見上げながら尋ねてくる可愛らしい少女に、老人はにこやかに対応した。 「ん、ああ。そうやな。なんだか最近腕が上手く上がらんのや。おかげで猟も上手くいかんでな」  肩に手を置き、揉む仕草を取る。手は鴨の体をすり抜け、鴨は変わらず肩に居座ったままだ。 「おまじないかけてあげるからしゃがんで」 「ほ。そりゃありがたいの」 少女の言葉を微笑ましく感じたのか嬉しそうに笑顔を作る老人。しっかりと少女にも届くように後ろ向きになってしゃがむ。  少女は老人に近づき、肩に止まる鴨を眺める。四羽の鴨は皆、少女の顔を見つめていた。
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