始動

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次の瞬間、少女は鴨を鷲掴みにして、そのまま自らの口に放り込んだ。丸呑みだった。鴨は鳴き声を上げながら必死に抵抗しようともがくが少女の手がそれを許さない。まるで魚を飲み込むペリカンのようにあっという間に四匹の鴨は彼女の口の中へと消えた。 「はいお終い。お爺さん、悪い霊に取り憑かれてたみたいよ」 「ん? なんやほんまに軽なった! こりゃ凄い。魔法かいな!」  老人は立ち上がって改めて男と少女に向き直る。 「お嬢ちゃんは霊とか言うとったが、こんな山奥やし、ひょっとしてあんたたち修行中のお坊さんか何かかいな?」  老人の問い掛けに男は愛想笑いを浮かべる。 「はは。そんな所です。で、京都はどちら?」 「そらえらい失礼な態度やったすまんすまん。京都はあっちや」 「どうも。ヨミ行こう」  頭を下げる男は、老人が指した下りの獣道の先へ歩いていこうとする。その後をヨミと呼びかけられた少女も穏やかな足取りでついて行く。草履でこの山道を歩くのはとてつもなく負担がかかるはずだが、気にする様子もない。 「嬢ちゃん、ありがとな。またお祓いたのむで。そういえば兄ちゃん、名前聞いとらんかった」  老人はその場を後にする男の背中に呼びかける。男は顔だけ振り向くと、ぎこちない笑顔を浮かべた。 「久遠(くおん)です。またどこかで縁が繋がりますよう」             ■■■  十二月一日早朝。  雀のさえずりが広々とした日本庭園風の庭に響く。広大な敷地を構える屋敷の庭に面する廊下を、小さな足音が移動していく。  白地に薄い桃色の胡蝶蘭があしらわれた和服を着る十二歳程度の少女。とても可愛らしい顔立ちで、腰の辺りまで伸ばした髪を檜の木でできた筒状の髪留めを使って肩の辺りで留めている。その清楚な佇まいは年齢以上に大人びた雰囲気を匂わせている。  少女は(ふすま)の前で立ち止まり、正座の姿勢を取る。一回、中の人物に聞こえるように咳払いを入れて声をかける。 「ホタルです」 「どうぞ」 返答したのは、少年の声。ホタルと名乗った少女は音を立てないように襖を丁寧に開け、部屋に入る。部屋は六畳ほどの畳の間。真ん中に、少女より少しばかり幼い年頃の少年が、布団に横たわっていた。
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