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「おはようお姉ちゃん」
「おはよう。朝の『呪込』が終わったから、顔を見に来たわ。調子はどう? ヒグラシ」
ヒグラシと呼ばれた少年は、横たわっていた体をゆっくりと起こす。体を支える細腕は震えていて、今にも崩れそうだった。彼の頭には、視線を覆うように布で目隠しが施されている。
彼は盲だった。生まれた時から、その視力は無く、ずっと世界の色や形を知らずに生きている。体も生まれつき弱く、こうして屋敷で寝たきりの生活を送っていた。
「今日は凄く良いよ。体に何処も痛みは無いし。なんだか外の陽光を感じる。今日は晴れ?」
「ええ、とても鮮やかな、雲一つない快晴よ」
「いいなあ。僕も早くこの目を治したいな。そうしたらきっと鮮やかの意味も理解できるだろうに」
「もう少しよ。私が有隆様の下でもっと努力して、西洞院家内での地位を上げる事が出来れば、きっとあなたの治療も叶う。それが、私達がこの家に来た理由でしょう?」
「うん。お仕事は上手くいっているの?」
ヒグラシの言葉に、ホタルは一瞬だけ返答を逡巡した。しかし、それを悟られないようにホタルは表情と声を和らげて話す。
「今朝、事務方の“陰陽頭”から大儺儀への参加要請が有隆様に届いたわ。これまでのお仕事とは比べ物にならない大きなお仕事よ。有隆様のお役に立てるよう、私頑張るから。結果を出せば、あなたの目の治療も出来るくらいのご褒美を頂けるはずよ」
ホタルの言葉にヒグラシは明るく笑う。
「凄いや、もしこの目が治ったら一緒に色んなものを見たいなあ!」
「ええ。じゃあ私は有隆様にお知らせに行くから」
ホタルが部屋から立ち去ろうと、正座を崩して、着物に皺がついていないか気にしながら立ち上がる。部屋から出る間際、ヒグラシが再び口を開いた。
「お姉ちゃん」
「?」
振り返るホタルの視線の先では、ヒグラシが真っ直ぐにこちらを見ていた。その表情だけで、ホタルには弟の考えている事が手に取るように伝わってきた。
「無茶だけはしないでね。僕、治りたいけどお姉ちゃんに傷付いてほしくはないよ」
「……うん。分かってる。ありがとうヒグラシ」
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