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先制とばかりに水球が前方へと滑り出す。それを確認したロベルトは、胸元に引っかかっていた『必勝の一手』を水球に向かって投げつけた。
とぷん、と軽い音とともに『必勝の一手』は水の中に入っていく。
フィーマは対峙する相手の挙動に不審げに首を傾げたが、たかだかそんなもので自分の炎鎚が破れるはずもないと踏んで余裕の笑みを浮かべた。
ロベルトは間違いなく強者に分類される人間だ。だがフィーマの知っているロベルトはもっと強かったし、いつだって隣にいた相棒の姿もない。どうしたって、この戦いにフィーマの勝利以外の道筋はないのだ。
どれだけ大きくともしょせんは人間の作った水球。炎の権化たる自分の作り出した炎鎚は、無条件に彼の魔力を焼き尽くすだろう。
もったいない。そう思わないでもなかったが、フィーマの今の主人はクエルだ。そのクエルがやれと言った以上、やるしかない。
《せめて痛みがないように、一瞬で消し炭にしてあげるわね》
向かいくる水球に照準を合わせ、炎鎚を撃ち込んだ。炎と水がぶつかり合い、水蒸気がもうもうと二人の視界を奪う。
「……油断、したな?」
煙る世界のその奥から、愉快げなロベルトの声が聞こえた。
フィーマの背筋がぞくりと震える。彼女はこの声を知っていた。これは、まるであの頃の──
《どう、し……て……どうして!》
炎の体であるはずなのに全身が余すところなく冷たくなった。ジュウジュウと、焦げ臭いような臭気ともに周囲に飛び散っていた火の粉が消えていく。
数瞬遅れて目の前に現れた、ほとんどすり減っていない水球を見つめ、フィーマは呆然と呟いていた。
自分の炎鎚は、確かにあの球を焼き尽くしたはずだったのだ。威力から何から圧倒的に上なのは、確実に自分だった。
それが、なぜ?
「俺の魔力量が人より多いことを、今ほど感謝したことはなかったよ」
目を見開いたフィーマは、ようやく気付く。アレが原因か、と。
《こんな、もので……》
「こんなものだから、だ。俺の場合は、質も量も桁違いに必要だからな」
バシャッとフィーマの体を大量の水が襲う。びしょ濡れになった炎天使は、水に力を奪われていく。元々水と火はどちらにとっても相性が悪いのだ。
降りかかった水の中から、とあるモノがフィーマの頭に落ちた。それこそがロベルトが見出だした必勝の一手。すなわち──
『ロベルトのかけていたメガネ』である。
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