救出作戦、始動

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 緊張した一同の見守る前で、クエルは薄っすらと目を開ける。そして、目の前に集った者達の姿に一気に覚醒したようだ。悲鳴を上げて飛び退った。  クエルを囲んでいた輪が少しばかり後方に細長く広がる。 「お、おまっお前ら!? どうして外に、ここは外か! ああっ、あああ!」  元々悪い顔色をさらに悪くして、かなり混乱しているらしく支離滅裂なことを叫んでいる。  細い腕を振り回し、狼狽えるクエル。その姿を蔑んだ絶対零度の視線で貫くのは周りを囲む一同。  そんな無様をしばらく晒してから、やがて落ち着いてきたのか息を切らしてクエルは鋭く問うた。 「何の真似だ」  あんなに酷い醜態を晒したあとだというのに、よくもこれだけ平然と強がれるものである。一同の間に、何だか呆れたような空気が一瞬だけ漂った。 「……何、と言われてもな。俺の相棒とかつての仲間達を助けた。そしてこれから、助けるところだ」  殺気を込めた視線で一瞥し、ロベルトはライに歩み寄った。その足取りは、重い。 「! まさか、まさか……魔生体を……?」 「そうだ。お前の呪縛は、これから先の旅には邪魔だからな」  困惑するクエルの背後に、門下生二人が立つ。そして後ろから押さえ込み、顔の位置を固定する。決して顔を逸らさせないためだ。  それでも、とささやかな反抗として目をつぶるクエルに―― 「させるわけないだろう?」 「目を開けなさい」  動いたのはルヴォルスとリリンだった。ルヴォルスは剣の切っ先をクエルの喉元に突きつけ、リリンは弓を絞り狙いを眉間に定めた。  こうなってはさすがのクエルも逆らうことはできず、四人に動きを封じられ、己の術が破られる場面を見るという屈辱的な選択をせざるをえない。  そんな様子を横目に見ていたロベルトは、通り過ぎざまにルヴォルスから短剣を受け取る。短剣は、ライとルヴォルスが復讐に使ったものと同じものだった。 「…………」  沈黙するロベルトに、ライは笑みを浮かべながら言った。 「躊躇してる暇ないって。ボクは大丈夫だから。ね?」 「……悪い」  相棒を、すぐに蘇るとはいえ一度は殺めてしまう。恐怖と迷いに今すぐ短剣を放り出したくなるが、それでも意を決する。 「……行くぞ」  真っ青になりながらも相棒の前に立ち、深く息を吸う。 「じゃあ、少しの間」 「…………ああ」  強く目をつぶる。  短剣をライの心臓の上に添え、一思いに突き刺した。肉を穿つ感覚がロベルトの手を伝う。あまり長く刺していると蘇生が始まるので、すぐに引き抜いた。  傷口から、どろりと血が流れる。は、とわずかにライが空気を吐き出して、前のめりに倒れた。受け止めたロベルトと周囲の面々は緊迫した面持ちで待つ。それから一秒、二秒と時が過ぎて、やがて―― 「――ぅ、」  細い声がして、指先が震え始める。体の震えは徐々に大きくなり、ライは唐突にロベルトの肩を掴んで勢いよく起き上がった。 「ぷはっ! ボク、今死んでた……!」  顔色は青白く驚いた表情だったが、至って元気そうだ。その様子を見て、一同は安堵のため息をついた。 「どうだった? 死んだ感想は」 「あー、何だろ。変な感じ。真っ白くて広い場所で今すぐ帰りますか? って聞かれて、うんって言ったら帰ってきてた。ずっと体が引っ張られてたし、ちょっと怖かったかも。というかロベルトは? ちょっと戻った、よね?」 「ああ。やっぱりイデアにかけた分は消費が大きいみたいだな。かなり戻った」  その会話にルヴォルスとリリンは首を傾げたが、一門達は少し沈痛そうな面持ちになっている。そんな彼らを見た二人は、また何か特殊なものなんだろうなと感じた。  追求は特にしない。一門の話は一門の話だし、話すべき事柄はロベルトかライがきちんと話してくれるだろうと信頼しているのだ。 「体が軽いや。魔生体のない体って、こんなに軽いんだ……」  手を握ったり開いたりぴょんぴょんと飛び跳ねてみたりする姿を見て、皆は頬を緩めた。ふわりと楽しそうな笑み見せるライは、一緒に捕らえられていた門下生達にとっては久々のものだった。  だがその一方で、クエルは悔しげに顔を歪めていた。当然だ、自分の渾身の魔法が破られてしまったのだから。  絶望に顔を歪め、次いで何か言おうと口を開きかけたクエルを見たロベルトは、冷たい目をして杖を振り下ろした。 「……で、ライは俺達と帰るけどお前らはどうするんだ?」 「我々は街の協力者が用意してくれた家に行くよ。明日になればエメルダさんが話をつけてくれるからな」 「分かった。じゃあこいつの処分もエメルダに任せるから、そう伝えておいてくれ」  こうして、一門救出作戦は無事に幕を下ろしたのだった。
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