四人の冒険者

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 ロベルトの話すイデア武勇伝にルヴォルスとリリンが戦慄している時、ライは笑顔で数十人を平然と相手していた。  第一陣が勢いよく突っ込んできてもその笑顔は一切崩れていない。 (あーあ、雑魚ばっかだなぁ)  それどころか、こんなことを考えられるくらいには余裕だ。様々な武器で一斉にかかられているのに、それをあっさり避け、捌き、いなす。かすり傷どころか服に触れる者すらいない。  一方で冒険者側は次々に人が減っていく。さすがに斬ってしまうのはダメなので、剣の柄で急所を殴るに留めておいた。 「何だこいつ!?」 「くそっ、どうなってやがんだ!」 「強すぎる!」  半分悲鳴のような声が次々と上がるも、ライ自身はそんなものを無視してわざと人の固まっているところに向かっていく。  突っ込まれた方は慌てて武器を構えるも、ライのスピードには全く敵わなかった。ちなみに本人はこれでもかなりの手加減しているのである。  田舎冒険者では相手にならないというのはよく分かったが、如何せんプライドが高いので諦めるという選択ができない者ばかりだ。  さらに言うと、降参という手を取ろうとしてもライが目敏くそれを見つけて降参する前に倒してしまう。なので今のところ、誰も降参できないでいた。 (もうちょっと強いのいないのかな。ロベルトと素手でやってる方が百万倍は有益)  他の冒険者が聞いていたらかなり失礼だが、事実なのだから仕方ない。それでも相手をするところはまだ良心的だろう。  参謀役であり頭脳派でもあるライだが、本質はイデアの他の者達とさほど変わらない。昔、一門が大暴れしていた時代から続く根っからの戦闘狂なのである。  ちなみに普段はそうでもなさそうなロベルトやエメルダも大概な戦闘狂だ。  そんなライなので、相手が雑魚ばかりなのはいただけない問題だった。 (腕が立つのは、やっぱ……)  ちらりとそちらを見やる。視線の先にいるのは、遠巻きにこの戦闘を見守るデニスの姿。彼だけが、まだ相手をしてもいいという気にさせてくれる。  早く彼とやりたい。そのためには、さっさとこの雑魚達を片付けなければ。 「まあ、持って二秒ってところかな」  不敵に笑ったライは、すでに十数人に姿を減らした冒険者達に剣を向けた。  そして、冒険者達の視界からライが消えた。  思わずそう錯覚するほどのスピードでもって、ライは残っていた十数人を一気に倒してしまった。その時間、わずかに一秒程度。  まさに神速のその速さを目で追えた者は、この修練場にいったい何人いただろうか。おそらく、片手で数えられるくらいだろう。  その片手の中には、当然ながらロベルト達も入っていた。 「うん、さすがだ」  嬉しそうにそう言ったのはロベルトだ。彼はライの動きに完全についていっていた。 「は、速すぎない? 精霊いなかったら見失ってたかも」  ルヴォルスは大きなため息をついている。 「ギリギリいけた……!」  リリンは他二人とは違い諸々の特殊スキルがないため厳しかったものの、何とかついていけていた。  そんな三人に対し、ギャラリー達は全く追えていない。彼らの目には、ライが超短距離瞬間移動でもしたように見えていた。  そして修練場の中央では、唯一残った冒険者――デニスが冷や汗をかきながらポツリと呟いた。 「何っつー……デタラメな……」  デニスもロベルト達と同じように、ライを目で追えた数少ない人間の一人だ。伊達にBランクに認められているわけではない。  だがそんなデニスの背後では、ロベルトが平然とこんなことを言っていた。 「でもまあ、全盛期のライの本気はこんなもんじゃないけどな」  と。長い間囚われていたせいで筋力が低下していたのは否めない事実なのである。  この声はデニスに届くことはなかったが、しかし彼が実力差を実感するには十分すぎる速さだった。  デニスはスピードタイプではなくパワータイプだ。速さで翻弄するより剛力で解決する方を得意とする。  戦士職の者の大半は、スピードかパワーかのどちらかに重きを置くことが多いので、もしライがただのスピードタイプならあまり問題ではなかっただろう。  もし、の話だが。 「これで邪魔はいなくなった」  静かにそう言ったライは、剣をデニスに向ける。緩慢な動作だったが、それが余計に恐怖心を煽った。 「じゃあ、やろうか」  たった一歩で数メートルを難なく詰めると、ライは剣を振る。キンッと甲高い音がして、それは寸でのところで防がれた。ライの攻撃が防がれたのは、これが初めてのことだ。 「いいね。そうでなくちゃ」  ぐぐ、とライは体重をかけていく。鍔迫り合いに持ち込む気なのは、周りで見ている誰もが分かった。  同じ年代の男達と比べると華奢な印象を受けるものの、ライはパワーとスピードのどちらも兼ね備えた剣士である。鍔迫り合いの時に有効な体重のかけ方くらい心得ていた。  相手が押し返してきた瞬間に重心を微妙にずらしたり、わざと力を弱めて油断を誘ったり、いわゆる頭のいい攻め方をしてくる。  それにデニスはやりにくさを感じていた。この田舎街では、頭を使った攻めなんてやる者はいないのだ。  頭脳の弾き出す理想論なら誰でも考えられる。しかしそれを実行するには、それ相応の実力が必要なのである。  街には突出した実力者などほとんどおらず、Bランクとなったデニスはもっぱら指導担当で、本気でできる相手などほんの一人か二人だった。 「ぐぅ……」  どうにか粘っているが、押しきられるもの時間の問題だった。  そう判断したデニスはすぐさま飛び退いた。あわよくば体制を崩してくれないかと思ったが、そう甘い相手でもなく。わずかたりとも動揺していなかった。  それどころか、離れたそばから攻めてくる。一瞬の休憩も許す気はないらしい。  激しい連続攻撃をどうにかこうにか弾き、かわしながら、デニスは後退していった。 (体は何とか反応してくれてるが、あっちがスピードを上げてきたらついていけねぇな。実際攻撃されてみると、ただ見てたときとは段違いに速く見える……)  どうにかならないものかと必死で策を巡らせようとするが、さすがは熟練の剣士。フェイントのような手にはつられる素振りすら見せない。  そうこうしているうちに、ライはデニスを追い詰めていた。 「……ッ!」  デニスは背中に軽い衝撃を受けた。壁だ。頭上では大勢のギャラリーが二人の様子を固唾を飲んで見守っている。  万事休す。そんな言葉が脳裏をさっと過った。 「なかなか楽しかったよ」  ライは微笑みを浮かべると、剣の柄でデニスの鳩尾を殴り付けた。  立っていられず、崩れるデニス。それを見たギャラリー達は、歓声とも怒号とも絶叫とも取れる叫び声を上げた。
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