243人が本棚に入れています
本棚に追加
/520ページ
そうして、約一週間後。今日も雨は降り続いている。土砂降りはいまだ止む気配もなく、まだまだしばらくは降りそうだ。
四人は昼過ぎに起きて、朝昼兼用の食事を摂るために食堂に下りた。
「私、魚介サラダ」
「僕はクリームパスタ」
「じゃあキノコスープ」
「……エッグサンド」
「ロベルト最近ずっとエッグサンドじゃん? 気に入ったの?」
「いや、何を食べたいとか考えるのすら面倒になってきた」
「それは生物として危ないよ!?」
ここ数日、食事して喋ってダイス制度して寝るしかやることがなかったロベルトは、いい加減飽きてきたらしい。元々が面倒臭がりなのもあり、おそらく今外に放り出せば五分で死ぬだろうと思うほど生活能力が減退していた。
一週間もの間体を動かすこともままならず、他の三人もかなり退屈しているので気持ちは分からなくもないのだが。
外に出て動き回ることを職業とする冒険者としてはこんな日々、退屈以外の何ものでもない。
頼んだ料理が運ばれてきたのでそれをもそもそと口に運ぶ。話題もなく、常ならばがやがやと騒がしい四人もすっかり黙っている。
すると、そんな時。
「あァ!? やんのか!?」
怒りの声が食堂に轟いた。そちらを見てみると、冒険者らしき男が二人、テーブルに足を乗せて口論している。
冒険者は荒くれ者が多い。どうやら突然訪れた休暇に鬱憤が溜まっていたようで、それが些細なきっかけで爆発したのだろう。
食堂にいる他の者達も、その騒動に苛立たしそうにしている。どれだけ強い人間でも退屈には敵わない。
「もの食べるとこに足なんか置かないでよ……」
リリンがむっとした表情で言った。いくら野宿をし野草やらも食する冒険者になったとはいえ、彼女は立派な女性だ。衛生面はどうしても気になってしまう。
「全くだ。いくら腹が立っていても、あまりに非常識だね」
それは貴族生まれのルヴォルスとて同じ。テーブルマナーに厳しい貴族としては、彼らのしていることは食卓を愚弄する許せない行為である。
一方でロベルトとライは特に気にした様子は見せない。
汚いなぁくらいは思うが、イデアの食事風景を思えばこの程度はまだ可愛いものだ。
ナイフやフォーク等、各種食器類が飛び交う食事を思い出しながら、彼らは喧騒を見て見ぬふりをして黙々と食べ進める。
「もうっ! 早く戻ろう!」
リリンは少し怒ったような口調でぱくぱくと口に料理を詰める。一刻も早くここから立ち去りたいのが傍目に見てもよく分かる。
「巻き込まれちゃたまらないからね」
それに同調するのは、いつもより早いペースで食べ進めるルヴォルスだ。
この二人はあからさまな怒りを見せることはあまりないのだが、食に関することとなれば少し違うようだ。
ロベルトとライも不愉快でないというわけではないので早く部屋に戻ることには賛成だ。
四人はいっそう言葉少なに各々の前の料理を片付けていく。だが。
「テメェら何ノンキに飯食ってやがんだ!?」
ついにこちらにまで飛び火してしまった。波風立たせずに立ち去りたかったのだが、こうなってしまってはもう遅い。思いっきりいちゃもんをつけられた。
まさかただ普通に食べているだけで絡まれるとは思わなかった四人は、さすがにびっくりして顔を上げる。絡んできたのはいかにも荒くれ者らしいスキンヘッドの男だ。顔に大きな傷が走っている。
「えーと、すみません……?」
この場合はどう返せばいいのかさっぱり分からないため、とりあえず謝っておく。
「うるせェ! 謝ってんじゃねェぞガキが!」
その選択はどうやら間違いだったらしい。スキンヘッドの男は怒り出してしまった。いや元々怒っていたのだが。
ロベルトは男の怒りに「うわめんどくさ……」という表情を浮かべる。これは何を言っても何をしても、何かしら因縁をつけられるやつだと察したのだ。
周りを見れば、今やちゃんと食事をしている者など誰一人としていなかった。皆が皆、喧嘩をしている。
宿の従業員達はさすがに喧嘩に参加してはいなかったが、だからといって荒れに荒れた冒険者を止められるほどの腕っ節もない。食堂は完全に無法地帯と化していた。
「あの、部屋戻りたいんですけど」
面倒臭いという感情を一切隠すことなく、ロベルトが不機嫌そうに言い放った。それでも一応敬語を使ったのは、これ以上相手を刺激しないためか。
しかしそんな気遣いも虚しく、男はさらに憤慨する。その様子に、四人は顔を見合わせて「やれやれ」とため息をついた。
最初のコメントを投稿しよう!