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ギルドに着いた四人は脇目も振らずにギルドマスターの執務室へ向かった。
周囲にいた大勢の冒険者達は驚いていたが、職員が止めないのを見て呼ばれていたのだろうと思ったようだ。
実際は呼ばれていたわけではないのだが、誰がどう考えようと思うだけならタダである。
「エメルダ、俺達だ」
「あら。どうぞ入って」
扉の向こうから軽やかに弾んだ声が聞こえてくる。彼女もやはり、雨が上がって嬉しいらしい。
中に入ると、エメルダが執務机で書類仕事をしていた。とはいっても机上にあるのは五、六枚だけだ。ないも同然の仕事量といえる。
促されるままにソファに座って適当に寛ぐ。数枚程度の書類であれば待っていても構わないと思ってのことだ。
数分後にはすっかり片付いてエメルダもソファにかけた。
「おはよう。清々しくていい朝ね」
「ああ。晴れた空を見たのは久しぶりだ」
窓の外から見える青空を眺めながら、エメルダは幸せそうに微笑む。
彼女は晴れた空が好きだ。真っ青にこの世の果てまで突き抜けて、どこまでも遠く、どこまでも近くにある青空が大好きだ。
久々の晴天に、エメルダの機嫌は今までにないほど良かった。
「さて……本題に入りましょうか」
ひとしきり空を見上げて満足したエメルダが切り出す。
「ハインリヒを倒すことに、どう協力すればいいのかしら?」
「まずフィーマちゃんに自由活動の許可を与えてほしい。それから、合図をしたら十五分以内に一定の区間を立ち入り禁止に。そこで戦うから。あとは……戦闘の方も、手伝ってくれれば」
「いいわよ。でも、合図はどうするの?」
「魔法を使うのが妥当かな。エメルダは魔力見えてたよね」
「ええ」
肯定したエメルダに驚きの声を上げたのはルヴォルスとリリンだ。二人はエメルダが後衛なのは知っていたが、まさか魔力が見えるとは。
そこまで親しいわけでも、仲間だったわけでもない相手だ。ここにきて、ようやく知ることができた。
「エメルダさんって魔法使いだったんですか!?」
リリンが大きな声で驚愕を表明する。それにエメルダはくすっと笑って、
「魔法使いなんて大層なものじゃないわよ。私はね、魔弓の使い手なの」
と言った。
「「まきゅう?」」
耳慣れない言葉に、二人は揃って鸚鵡返しに聞く。エメルダは「そうねぇ」と頬に手を添えて首を傾ける。
「どう言えばいいのかしら。魔弓は確かに魔法の一種でもあるのだけれど、魔法とは言い切れないものなの。難しいことを聞くけれど、二人は魔法の区分がどこにあるのか知ってる?」
魔法の区分。魔法使いでない二人でも、どこからが魔法でどこからが魔法ではないのか、という議論がいまだに熱く語られるとは聞いている。
つまり、まだ正確な区分など生まれていないのだ。例えばロベルトの使っている操天もその一つ。東方由来の術の一種と言う人もいるし、ちゃんとした魔法だと言う人もいる。
そもそも魔力を視認できるのは魔法使いだけ。よって魔法なんて存在していないのだと言う人だってかなり少ないが存在する。
結論から言ってしまえば、魔法の区分がどこにあるのかなんて、この世の誰も知らないということだ。
素直に知らないと伝えると、エメルダはそうよね、と頷いた。
「でも決まってすらいない区分だってね、多数の人が魔法だと言えば魔法に分類されることが多いの。私の魔弓は多くの人が魔法ではないと言ったわ。けれど魔力は使っているから魔法の可能性もある。だからそんな大層なものじゃないって言ったのよ」
興味深そうな二人を見て、エメルダは何かを思い付いたようだ。右手をそっと持ち上げる。吸い寄せられるように、皆の視線が集まった。その手のひらがゆっくり、上に向けられる。
やがて部屋に澄んだ鈴のような音が響き始めた。川の流れる音にも似たそれは、音量を少しずつ増していく。
ふとルヴォルスは顔を上げた。
(風が……色付いて、る?)
いつの間にか視界に溢れていたのは、鮮やかな色彩を纏った風だった。色の洪水と呼んでも差し支えないそれは、つい我を忘れて魅入ってしまうほど美しい。
忘我の境に入った彼に気づいたリリンも面を上げ、流れる空気の違いに息をのんだ。リリンは水の精霊と相性がいいが、水と風も相性がいい。風の力も比較的感じやすいのだ。
二人が沸き立つ風に目を奪われていると、エメルダが静かにその名を告げた。
「魔弓、《ムーラン》」
手のひらの上で風が巻き上がり、雪が降るようにちらちらと瞬く。
草原を吹き抜けたような爽やかな風が一陣、部屋を撫でた。
そして――
「これが、私の扱う魔弓よ」
エメルダの手には、そのまま握り込めてしまうくらい小さな弓矢が現れていた。
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