雨が上がって、幕も上がる

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 しばらく喋ったあと、四人は執務室を辞した。作戦地点の下見に行くためだ。にこやかに見送ってくれたエメルダに手を振って、ギルドを出る。  ふと通りを見ると、平民だけでなく貴族の姿も多く見受けられた。宿を出た時よりもまた人が増えたような気がする。 「何だかお祭りみたいだね!」  リリンが楽しげに辺りを見回した。久々の晴れ間に人々が賑わい、売り子の威勢のいい声が響き、子ども達がきゃっきゃと屋台を冷やかしている様は、確かにお祭りのように見える。  夜まで待っていれば、もしかしたら花火が上がるかもしれない。  どこか懐かしい喧騒に目を細め、一行は作戦地点を目指して歩き出す。 「こんなお祭り騒ぎだと、屋台のものを食べたくなってくるから不思議だよね」  ルヴォルスが顔を綻ばせながら、珍しくうずうずしている。あちこちから漂ってくる食べ物の匂いに釣られてしまいそうだ。どうやら少しばかりこの雰囲気に当てられているらしい。 「しばらくぶりに腹が減ったな……。宿に戻るのも面倒だし、道なりに適当なところで買っていくか?」  活気に溢れる屋台通りを目移りさせながら、ロベルトも乗り気だ。 「賛成! 私も一回、買い食いってしてみたかったんだよね!」  機嫌よく皆で一歩二歩と街を渡り始めたところで、ふとロベルトが振り向く。 「ライもそれでいい、か? ……あれ?」  さっきから全く会話に入ってこなかったため、てっきりその辺の屋台を見ているのだろうと思っていた相棒の姿が見当たらない。  あの長身と髪色はそれなりに目立つはずだが、少なくとも今視界に入る範囲内にはそんな人物はいなかった。  もしや先に行ったのかと前方に視線を戻すも、そこにもいない。周囲にはどこにも、ライの姿はない。  二人も異変に気づいたらしく、しきりに視線をさ迷わせている。  多分、このまま置いていっても目的地は分かっているのだし合流はできる。しかしそれで妙な事件に巻き込まれないとも限らない。イデアとは、ロベルトに限らずトラブル体質でもあるのだから。  さてどうするべきか。三手に別れて探すと効率はいいが、こっちまではぐれる可能性もある。迷子が増えるくらいなら多少効率が落ちても固まって探した方がいい。  そう判断して二人にも伝えようと口を開いたところで―― 「ごめん、ちょっと違うところ行ってた」  屋台と屋台の間から、ひょいとライが顔を出した。  人混みを縫ってするすると近づいてきた相棒の姿にほっとするも、どうしてそんな変なところから出てくるんだとも思う。  屋台の間から出てきたということは、多分路地の辺りにいたんだろう。誰か知り合いにでも呼ばれたのだろうか。  この街におけるライの交友関係は謎が多い。これだけ人が多ければ、知り合いの一人や二人くらい見つかっても不思議ではない……はずだ。が、それにしたって一言もなかったのには思うところがある。 「ふらふらするのは構わないけど、それならそうと言ってくれ。はぐれたかと思ったぞ」 「大丈夫、ボクが皆を見失うわけないからね」 「いやお前が見失わなくても俺達が見失うんだよ」  現に今見失ってたし、と追言してロベルトは軽く肩をすくめた。  かれこれ相当長い付き合いになるが、考えてみればライとはぐれたことなど数えるほどしかなかったような気がする。  イデア全員で王都の祭りに行った時にも、誰かが迷子になれば真っ先にライが連れてきた。そして本人は誰といてもはぐれなかった。 「なあ、前々から気になってたんだけど、お前もしかして俺達に追尾系の魔道具でもつけてるのか?」 「え、何で?」 「昔からお前だけは仲間の居場所を正確に把握してるみたいなとこあるから」 「魔道具は使ってないよ。というかそれを起動させられるだけの魔力をそもそも持ってないし。買うだけ無駄になる」  魔道具「は」、使ってない。つまり、それ以外のことは、している。 (こいつ、たまに怖いんだよな……)  何をやらかすのか、ではなく何をやらかしているのか、という方面で。 「何をやってるのか、とか聞いたら教えてくれるのか?」 「聞きたい?」 「………………ああ」  ここは「やっぱりやめておく」と答えるのが定石だ。それは分かっているが、気になるのも事実。悩みに悩んで熟考した末、ロベルトは結局聞くことにした。好奇心には誰も勝てないのだ。  イデアの民族学者が《好奇心は猫をも殺す》なる諺をよく口にしていたことを思い出し、これがその状況なんだろうなとぼんやりと思う。  どうして猫限定なのかは今でも分からない。だって人間がこうなっているのだから。  聞きたいような、聞きたくないような。微妙な心境になってくる。 「特別なことはしてないよ。はぐれたら困る時にだけ、ちょっと記憶してるんだ」 「……記憶?」  意外な答えに、ロベルトは首をかしげた。何を記憶しているのだろう。現在、記憶方面でややこしくなっている本人が。  その疑問を表情から読み取ったらしく、答えはすぐに与えられた。 「生き物には気配があってね、人間はちょっと特徴的なんだ。イデアもあの二人も、覚えやすい気配してるからね。気配を視覚化して気配で色別して識別する。そしてその気配はいつでもたどることができるから見失わない」  一瞬、頭がこんがらがる。気配を何だって? と聞き返そうとしたが、どうせまた似たような解説しか返ってこないんだろうと思えば聞き返す気はなくなった。  気配だとか何だとかは感覚的なものだ。おそらく魔法使いの言う魔力の残滓がどうのこうのという話と同じものだろう。  そう解釈して、とりあえず魔法使い的に置き換えてみることにした。  生き物には魔力がある。人間は特徴的な魔力を持っている。……この辺に関しては全面的に頷けるわけではないが、気配はそうなんだろう。  魔力を視覚化する。ロベルトがよくやることだ。  色別して識別する。つまり、精霊に色があるとかそんな感じなのか。ロベルトには見えないが、ルヴォルスと水の精霊に限定してリリンも少し、見えると言っていた。  魔力をたどる。戦闘になれば有効活用している技術の一つでもある。 (うん、なるほど。そういことか)  ようやく納得した、とロベルトはふむふむと頷いた。魔力や魔法に置き換えてみると意外に理解しやすい。  確かにロベルトも、魔力によって特定の相手を認識する、というようなことを昔はよくやっていた。ライのやっていることと同じだ。 「便利なことしてるな」 「ロベルトもやってみれば?」 「そうだな。やる機会があればだけど」  もしパーティが離れなければならないような事態になったらやってみよう。現在、魔力が常に見える状態にあるロベルトには造作もないことだ。  いいことを聞いた、と思い、ロベルトは少し先で待つもう二人の仲間の呼ぶ声に振り向いた。
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